「英語のプラクティス」習慣を身につける

「英語のプラクティス」習慣を身につけるとは?英語のプラクティス方法そのものをメソッドを身につけること。そして、そのプラクティスが持続する「しくみ」となり、習慣として身につけること。 英プラは、じぶんに眠っているポテンシャルと引き出し、周囲の力をえて、「英語を使う人」としての姿勢、スキル、センスを身につけるトレイルです。

ゆっくりと、円をえがく。

『十牛図』は、禅の思想を表した詩画。「飼っていた牛が逃げた。それを探しに出る。足跡を見つけ、牛を発見する。つかまえ、手なづけ、牛にのって家に戻る。牛を小屋に入れると、もう牛のことを忘れてしまう。牛も飼い主のことを忘れ、そこには、ひとつの円相だけがあるー」人も、牛も、共に忘れている。わけへだてのない、自在な境地の表現。

Go with the flow.

考えを発明する ③ そのつもりになるだけで

Invention is the mother of necessity.(発明は、必要の母)

必要は発明の母ということばがありますが、じつは、発明は必要の母でもあります。発明は、答えを探すのではなくて問題を見つけること。それがもうそこにあるつもりで、想像したもので、何かが解決できることが、問題の発見。想像が先にありコンセプトがつくって、それでどんな問題が解決するのか。つくってみる。試して、具体化することが発明。

ハロー、リトルデータさん

データの語源、ギリシャ語で、与えられたもの、という意味です。身のまわりの世界からじぶんに与えられたもの。五感でふれあい、わかちあえるもの、ひとつふたつと数えられるものは、データです。エンパシームは、じぶんのリトルデータ。ひと息の身体行為を写したデータです。その中に、呼吸のリズム、和らいだ姿勢、声のことばが入っています。

Hello, Empatheme. My dear little data.

エンパシームで希望のみちをひらこう。

「じぶん」のかわりには、だれも生きられない。だれもがみな、おなじように、一度かぎりの、じぶんを生きている。だれもがみな、共感するじぶん。そして、つながりあう存在。他者とふれあい、共にあることが感じられる時、心がひらき、じぶんとまわりの世界を結びつける路ができる。共感のはたらきが、じぶんを学ぶ路。エンパシームメソッドへ。

Practice Empatheme.

エンパシームは体験の光粒

渓流のせせらぎ、草の匂い、カゴと網。真っ暗な田んぼのあぜ道。一匹のホタルが、どこからともなく舞ってきたと思うと、次の瞬間には、あちらこちらに現れてくる。草むらの中にも輝く光。そおっと近づいていくときの高揚感。黄色い光が強烈に輝いたかと思うと、すうっとひいていく。エンパシームは、時のつぶ。じぶん自身へ共感する、時のつぶ。

It’s a time capsule.

じぶんの声ことばが、気づきをもらたす。

エンパシームは、音声研究の先駆者、梅田規子さんの遺志を継いでいます。エンパシームは「声ことば」をいれたタイムカプセル。色粒の種(Seed)に見立た「声ことば」が、じぶんのふるまいで育ちます。Seedは、みずからのことばを聞いてふりかえり、じぶん自身に「気づき」をもたらしてくれる、細やかな震えや響きをもった大切な友です。

Just keep going.

作法を共にする道具があるからこそ

エンパシームは、スマホとしてじゃなく、スマホの存在と、周りの空気と、あなたの小さなふるまいで生まれます。作法のためのテクノロジーです。静かにすわり、気持ちをやわらげて。自然な流れにゆだねて、心をこめて、ゆっくりふるまうだけです。エンパグラフにあなたの姿勢と声と気持ちが映ります。伴走者のような道具の手助けがあるからこそ。

小さな、ひと時の鏡から。

心の鏡ということばがあります。謙虚な心があれば、すべての物がじぶんの心を映す鏡になる、と。そうありたいものと思いつつも、ふだんは、すっかり忘れてしまいます。どんなプラクティスをしたらよいのでしょうか。「私」の人格を映すのではなく、まず、ひとつひとつの[ いま ] だけを、小さなふるまいで映す鏡がエンパシームです。

Reflect yourself on Empatheme.(エンパシームに映して、ふりかえろう)