ねがいをかなえる 英プラ

💧 自然な流れで「間」をつくる発明「エンパシームメソッド」
💧 エンパシームで身につける、ことばと習慣
💧 とぎれない手入れとサイエンスの支え
💧 じぶんのエンパシームでねがいをかなえ、みんなの力になれる

エンパシームで希望のみちをひらこう。

「じぶん」のかわりには、だれも生きられない。

だれもがみな、おなじように、
一度かぎりの、じぶんを生きている。

だれもがみな、共感するじぶん。
つながりあう存在。

他者とふれあい、共にあることが
感じられる時、心がひらき、

じぶんとまわりの世界を
結びつける路ができる。

共感のはたらきが、じぶんを学ぶ路。

エンパシームは体験の光粒

エンパシームは「時のつぶ」です。そのつぶには鮮明な光彩があります。それはじぶん自身への「共感する」の「時のつぶ」です。いろいろなきっかけで、エンパシーム同士が、つながりあうようになります。

5歳の夏休み、ある体験がありました。ホタルとりです。「ホーホーホータル、こい。こっちのみーずはあまいぞ。」ホタルに呼びかけます。

渓流のせせらぎ、草の匂い、カゴと網。真っ暗な田んぼのあぜ道を歩いていきます。一匹のホタルが、どこからともなく舞ってきたと思うと、次の瞬間には、ここにもあそこにも、現れます。草むらの中にも輝く光に、そおっと近づいていくときの高揚感。

じぶんの声ことばにふれる喜び

「私が音声の研究は始めたのは昭和29年です。当時、音声という大気の波の複合体を、波長の違いに従って分析する機械は日本にはありませんでした。その後、ソノグラフというアメリカ製の音声分析機械が3台日本に輸入され、そのうちの1台が日本電信電話公社(NTTの全身)の研究所に備え付けられました。それが音声研究という分野の誕生です。

その音声研究の誕生と揺籃期に、私は独占的にその機械を使わせてもらい、一人で、こうだ、ああだ、と面白がって過ごしていました。研究のスタートから、私に何かを教えてくれる先生も、専門家も、先輩もいませんでした。何から何まで自分で試して発見して、理解していかなければなりませんでした。それは私の人生に大きな影響を与えました。素晴らしい先生に師事することは貴重なことですが、先生がいないということもまた、なかなかよいことだと思っています。」

作法を共にする道具

ママ:のびちゃん!いつまでスマホやってるの!
のびた:スマホじゃないよ、チャットしてるんだ。
マ:いいかげんに宿題やりなさーい。
ドラえもん:みんながやってるんだから。やめろって言ってもムリ。
マ:ドラえもん!なんとかしてちょーだい。
ど:のびちゃん、大切なことをする時間がなくなっちゃうよ。あ、ほかに大切なことないのか。
の:だったら、「しない」スイッチってないの?
ど:のびちゃん自身の「心が変わらないかぎり。。
  じゃあ、「じぶんを手入れする」スイッチ。

小さな、ひと時の鏡から。

松下幸之助『道をひらく』に収められた「心の鏡」の一節から。

「身なりは鏡で正せるとしても、心のゆがみまでも映し出しはしない。だから、人はとかく、自分の考えやふるまいの誤りが自覚しにくい。心の鏡がないのだから、ムリもないといえばそれまでだが、けれど求める心、謙虚な心さえあれば、心の鏡は随所にある。自分の周囲にある物、いる人、これすべて、わが心の反映である。わが心の鏡である。すべての物がわが心を映し、すべての人が、わが心につながっているのである。」

共感の心は、月かげ

和尚さまへ

法然上人のお月さまみたいにつくってみました。エンパシームのアプリ、そこに映し出される、『あ』の時空です。

『あ』:あけた、空けた、ひらいた心。やわらぐ時。
エンパシームは、静かにすわり、落ち着く時だけに、はたらきます。

特別にそっと。中身をのぞいてみます。小さな数字は、作法のプログラムとセンサーの情報です。
ものとものとの間に働く引力によって生じる加速度。
止まりつづけよう、動きつづけようとする力によって生じる角速度。
回転によって働く遠心力。地球そのもの、大きな磁石の働きが、地磁気。

かぞえるように、生きる。

Count your blessings.
 (これまでに受けた恩恵の数をかぞえてみよ。)

アートさんとのエンロくんの会話から。

アート:大切なことばだなって、いつも、思うなぁ。
エンロ:文字どおり、本当に数えるように、ですね。
アート:そうだね。数えるって、じぶん自身でたしかめることだから。
エンロ:アクト(act)する。本当に演じるんですね、じぶんでしないと意味がないから。
アート:そう。そんなふうに、素直にできるかどうかが、すべて。
エンロ:大切だなとおもうことばを、声に出すことですね。
アート:そうそう。その気になれると、実感がわいてくるもの。
エンロ:ひとつひとつ、数えられるようにすることが、実感になるんですね。実感って、数えられること。
アート:頭の中で、言えばいつだって言える、っていう気になるけれど、それはぜんぜんちがうだね。ちゃんと vocalize (ことばを声にする)こと。
エンロ:なんでも頭の中でできてしまうように思っていることが落とし穴なんでしょうね。
アート:そう。言ったつもり、やったつもり。だから、やらないまま。
エンロ:「つもり」でいると「つもり」にならない。ところが、実際にやってみると、「つもり」が本物になっちゃうわけですね。
アート:不思議といえば不思議。でも、かならず、できる。

ゆっくりと、円をえがく。

ゆっくりと、ていねいに、円を描く。

それは、小さなひと時をつくることです。
静かにすわり、エンパシームの流れに委ねます。
『ゐ』の円をなぞるだけです。何の構えも、飾りもいりません。
シンプルに、そして、ミニマルに。

ミニマルとは、手持ちの、最小限の力を、最大限に活かす、という意味です。
流れにゆだねれば、自然に備わった力が発揮されます。

自然に備わった力?そうです。
呼吸、声、周りの空気とふれあう力です。

円を描いてはじまり、もういちど円を描く。
区切りをつけるまでのひと時。それで小さな[いま]ができます。

小さな今?
今という瞬間はいくらでもあるよ、と思うかもしれませんね。でも、本当にそうでしょうか?