じぶんの姿がエンパシームに写る

エンパシームアプリは、静かにすわる場でのみ、はたらきます。スマホも静穏の環境の一部になります。
あなたの小さなプラクティスを映し出しながら、間をつくり、ひとときの自然な流れをつくります。
エンパシームに委ねて、小さなプラクティスする、そのままのあなたの姿がエンパシームに写ります。

写す出力が学び

白川静さんは、こう語ります。
「手で書くこと。手先から脳へ打ち込む。もちろん、目で見ることは必要です。写すこと、書くことがそれ以上に必要であり、重要です。

私は若い時に日記を書いておったのですが、書くことがない時や、余白が出た時にはそこへ、詩や漢文を写して、余白を埋めていたんです。面白いことに、漢文を写しているうちに、漢文が読めるようになったんですよ。流し読みしただけでは頭に入らない漢文が、書き写すことで、文法や語法的な関係とか理解できるようになっていきました。

素のふるまいが育つ

手の中のエンパグラフ。

ありのまま、自然にふるまったように、エンパシームの連なり、声ことばのseed、ふるまいを包む「空気」などが、たのしく表現されます。

植物のメタファでいっぱいです。

土壌があり、風があり、水があります。
種があり、芽があり、茎があり、
葉があり、花があり、実がなります。
種の中の種子もあります。

声ことばが写る

「声ことば」は、素のじぶん。

声ことばは、ありのままの、シンプルなじぶんです。全身とまわりの空気をつかって、紡ぎ出した、Seed (種)に表れています。

「おはよう」は、1秒ぐらい。「いい天気ですねー」は、2秒ぐらい。ひと息を区切る、小さなじかん単位、声ことばのリズム。Seedの中身が、こんなふうに写りますよ。

手にとって小さな変化が見えること

アリストテレスは、こう言いました。
We are what we repeatedly do.
(いつもくりかえしすることが、じぶんという存在。)

人生は、習慣の蓄積からできている。何かに秀でるということは、行為ではなく、習慣である、と。

「すべては、小さいことの積み重ねなんですよ。」こんなセリフをどこかで聞いたことがあるでしょう。
そして、納得したり、少し反省したり、しますよね、そうだろうな、まず習慣を身につけないといけない、と。