プラクティス『修養』論
修養とは「修身養心」。具体的に何をすることでしょうか?一生懸命努力すること、無理してがんばることではないのです。修養は修行ではありません。修養のエッセンスは、1日5分でよいから、姿勢を正してすわり、心を空っぽにするプラクティスです。考えることではなく、何も考えずに、心を落ち着けること。それが毎日続くようにすることです。

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
修養とは「修身養心」。具体的に何をすることでしょうか?一生懸命努力すること、無理してがんばることではないのです。修養は修行ではありません。修養のエッセンスは、1日5分でよいから、姿勢を正してすわり、心を空っぽにするプラクティスです。考えることではなく、何も考えずに、心を落ち着けること。それが毎日続くようにすることです。
ふだん地図(マップ)と呼んでいるものは、場所の名前を写した絵です。英語のmapは、写すという意味です。大事なことだけを写しとった略画が地図。同じように、心の地図を想像してみましょう。心は、じぶんが世界とふれあう現象です。世界とふれあうことばで地図をつくってみたら、行きづまった時に、そのイメージが力をかしてくれます。
Imagine a map.(1枚の地図を思い浮かべよう)
ソクラテスの「汝(じぶん)を知れ」ほど、ほとんど正反対の意味に受け取られていることばはありません。「じぶんを知れ」とは、知ったつもりになることではなく、また「自分には、その知識がない」ということでもありません。じぶんを知るとは「じぶんは知らない」ということに気づき、それを声に出していつも思い出せるようにすることです。
Say you don’t know it.(じぶんが知らないことを、そのまま、知らないと言う)
