雲の上を歩きたい |オキーフ Sky Above Clouds IV
雲の上の空を歩いてみたい。シカゴ美術館の壁一面を飾るジョージア・オキーフ『Sky Above Clouds IV』。晩年、オキーフは視力を失いますが、99歳の生涯、絵を描き続けました。ユキさんは言います。「31年ぶりです。この絵です。空の色、雲の形。心を惹きつけて離しません。絵は心の鏡。いえ、心が絵。心が詩なんですね。」
I like my life. (生きていることが愉しい)
雲の上の空を歩いてみたい。シカゴ美術館の壁一面を飾るジョージア・オキーフ『Sky Above Clouds IV』。晩年、オキーフは視力を失いますが、99歳の生涯、絵を描き続けました。ユキさんは言います。「31年ぶりです。この絵です。空の色、雲の形。心を惹きつけて離しません。絵は心の鏡。いえ、心が絵。心が詩なんですね。」
I like my life. (生きていることが愉しい)
母乳は、母親が赤ちゃんに与える食料。そう思っていたら、実は双方向のやりとりでした。赤ちゃんが乳を吸うとき、唾液に含まれる微生物などが母親の乳管に入り込みます。母親の身体は赤ちゃんの状態に応じて母乳の成分を変えます。「授乳」ということばを知っているからこそ、反対方向の働きを想像できなかったのです。これもUnlearningです。
Mother’s milk is a two-way conversation.(母乳は、母と子の双方向の対話)
答えをすぐ外に求めると、じぶんで問い、気づく機会まで手放してしまいます。外で起きたことを、どう見て、聞いて、受け取るかは、じぶんの内側で起きています。まず、じぶんにたずねる。「何が邪魔している?」と問いの向きを変え、最も大切なことに注意を向けます。問いをひとつに絞り、次の行為につなげることが、自問のプラクティスです。
Ask yourself. (じぶんにたずねる)
気づかなくても、私たちには先を急ぐクセがあります。早く終えようとすると体験が定着する前に次へ進んでしまいます。自省とは、今やったことに戻り、ていねいにふりかえること。じぶんの声を聞き直し、その場でお手本と比べると、「なんとなく違う」が「ここが違う」に変わります。そのくりかえしで、じぶんでは見えなかった違いに気づけます。
Listen to your voice. (じぶんの声を聞く)
自信がない。でも、そもそも何回やったでしょう。まだ失敗すらしていないのに、失敗を先回りして避ければ、できるようになる機会まで失います。自信は、やる前にあるものではありません。まず一回やってみる。思うようにいかなくても、予想が経験に変わります。演じて、くり返す。その一回一回が、じぶんでできる自信の原因になります。
You haven’t even tried it once. (まだ、一度もやってみていない)
母語の音やリズム、これまでの学び方は、自己流として身体にしみこんでいます。問題はそれに気づかないまま「練習した」と思ってしまうこと。自助とは、お手本の力を借り、じぶんでは見えない自己流に気づき、修正することです。まねることは低次の練習ではない。お手本を再現しようとして初めて、違いが見え、自己流を少しずつ変えていけます。
Listen closely. Follow the model. (よく耳を傾け、お手本をまねる)
歩ける前に走ることはできません。立つ前に歩けません。何事も順序があります。私たちは母の胎内にいる時から音を聞き、生まれた時には、まだ目も身体も十分には使えなくても、耳はすでに働いています。人生は「耳のことば」から始まります。声を聞き、リズムを身につけ、まねて、じぶんでも言えるようになる。その順序の中で、人は成長します。
You can’t run before you can walk.(歩ける前に走れない).
英プラ、毎プラ、ともに、エンパシームの中にシード をつくります。シードは、あなたのプラクティスでできる、声ことばのタネ。エンパシームの中にタネがまかれます。ひと息ごとの声を記録します。でも、単なる録音ではありません。静かにすわり、流れに委ねて身体から出すときのじかんが入っています。後で気づきをうる「プラクティスの証」。
Sow a seed.(タネをまけ)
1980年当時、コンピュータ?まだ、何をするものなのか、よくわかっていませんでした。ただ、人間の想像力を広げる相棒となるという未来の予感がありました。ビル・アトキンソンさんは、コンピュータの中の情報を、人が見て、指し、描き、選び、つなげられるものにした人です。中でも、ハイパーカード(HyperCard)は特別でした。
シリコンバレーで聞いた山中伸弥さんのお話に触発され、父の最期のことばを思い出した。5年あまり半身不随・構音障害で病に伏した父と、ひらがな文字盤で交わしたことば。「ひとのため、ていねいにいきよ」。素手と息に宿ることばのありがたさ。無力感も希望に変えられる。いのちのありがたさを信じることで。ありがたさが折れない心をつくる—
Stay humble. (謙虚な心で)