あとから、種になり、芽生える

私が20歳の時、父は病床に伏しました。脳梗塞の後遺症で運動神経が麻痺し、半身不随でした。目も耳も意識も明瞭でしたが、「声のことば」を発することができませんでした。構音障害という病気です。

「声ことば」は、肺からの気流を、声帯で振動でさせ、ノドや口・鼻で共鳴させ、舌や顎によって、区切りをつける身体運動です。声の「つぶ」が連なり、空間に濃淡がつく現象。それが、失われていました。

父が他界するまでの5年間、「ひらがな文字盤」が声ことばのための道具でした。父の左手を支え、指先がひらがなにふれるごとに、私が一音ずつ発音します。息づかい、目くばせ、うなづき、表情。雰囲気の中の「ひらがな列」を、共に話し、共に聞くのです。

かぞえるように、生きる。

Count your blessings.
 (これまでに受けた恩恵の数をかぞえてみよ。)

アートさんとのエンロくんの会話から。

アート:大切なことばだなって、いつも、思うなぁ。
エンロ:文字どおり、本当に数えるように、ですね。
アート:そうだね。数えるって、じぶん自身でたしかめることだから。
エンロ:アクト(act)する。本当に演じるんですね、じぶんでしないと意味がないから。
アート:そう。そんなふうに、素直にできるかどうかが、すべて。
エンロ:大切だなとおもうことばを、声に出すことですね。
アート:そうそう。その気になれると、実感がわいてくるもの。
エンロ:ひとつひとつ、数えられるようにすることが、実感になるんですね。実感って、数えられること。
アート:頭の中で、言えばいつだって言える、っていう気になるけれど、それはぜんぜんちがうだね。ちゃんと vocalize (ことばを声にする)こと。
エンロ:なんでも頭の中でできてしまうように思っていることが落とし穴なんでしょうね。
アート:そう。言ったつもり、やったつもり。だから、やらないまま。
エンロ:「つもり」でいると「つもり」にならない。ところが、実際にやってみると、「つもり」が本物になっちゃうわけですね。
アート:不思議といえば不思議。でも、かならず、できる。