失うことはまなぶこと
なにひとつ、不用なものなどない。ふだん、Given「与えらたもの」として、考えることから、切り捨てているだけのことなのだ。あたりまえになっているから気がつかない。すべての痛みも、まなびである。痛みのおかげで、身心はひとつであること思い出せる。道具も環境もふくめて、ひとつのじぶん。そのじぶんにも共感することが大切である。
Pain helps me learn.

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
なにひとつ、不用なものなどない。ふだん、Given「与えらたもの」として、考えることから、切り捨てているだけのことなのだ。あたりまえになっているから気がつかない。すべての痛みも、まなびである。痛みのおかげで、身心はひとつであること思い出せる。道具も環境もふくめて、ひとつのじぶん。そのじぶんにも共感することが大切である。
Pain helps me learn.
「しようと思っていることができない」ことの裏側には「しないでいいこと」をやっているじぶん自身の姿があります。しないでいいことに、気がつかないままでいるのです。それは、何でも手に入れること、じぶんが得をしようとすることが「あたりまえの心」になっていて、それに慣れすぎているからです。気づくためのプラクティスが必要です。
「気づきが大切だとよく言われます。でも、気づくとは、そもそもじぶんでは気づいていないことに、「あ!そうだったんだ」という思いが浮かんでくることです。「じぶんにとって気づくべきこと」が、湧き上がってこない状態。じぶんの心の中は、だれも教えてはくれません。気づこう!と意識することではなく、じぶんの姿をふりかえることです。
Are you sure about this?(これでいいの?)
