寄りそいあえるコミュニケーション(2)[メッセージのやりとりだけではない]
心のつながり、寄りそう社会。大切だと言われるのに、なぜか、心はつながらず、寄りそうことがむずかしい。その根本的な理由は、努力不足ではなく、コミュニケーションの本質にあります。相手に対して、用件を伝える、質問に答えるという「メッセージのやりとり」の周辺にこそ、大切な心の動きがあります。それが切り捨てられたままだからです。
What’s holding you back?(何がジャマしている?)

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
心のつながり、寄りそう社会。大切だと言われるのに、なぜか、心はつながらず、寄りそうことがむずかしい。その根本的な理由は、努力不足ではなく、コミュニケーションの本質にあります。相手に対して、用件を伝える、質問に答えるという「メッセージのやりとり」の周辺にこそ、大切な心の動きがあります。それが切り捨てられたままだからです。
What’s holding you back?(何がジャマしている?)
意識は、上からの命令じゃなくて、無意識から自己生成的に湧き上がってくる、いわばたくさんのドラフトが集まった、多元的な構造です。刻々と断片ストーリーができ、しかかりのドラフトが組み合わさって、じぶん自身の物語をつくっています。つまり、私たちは、しかかり素材ピースの集まり。じぶんでじぶんを創作しながら生きているのです。
Put it together.(つなぎあわせよう)
プラクティスとは、意識した「練習」だけではありません。それは全体のごく一部。気づかずにくりかえされている、じぶんの心身の動きです。プラクティスの95%は、無意識的。たとえば、ほんの数秒が待てず、いらいらすること、ありませんか?それは「いらいら感じる」プラクティスをしているのです。そう捉え直すことで見え方が変わります。
You are practicing judging something without knowing it.(知らないうちに、答えを決めるプラクティスをしている、じぶん)
