プラクティスの意味④(フィードフォワードは未知につなぐ力)

フィードバックをフィードフォワードと組みあわせることで、スキルの向上だけでなく、センス(心)を磨き、姿勢(フォーム)を身につけることができます。大切なことは、絶対的に正しい答えではなく、可能性です。未知のじぶんにむけて、声でことばに出すことです。直観にカタチを与え、道筋をつけるふるまいをプラクティスにすることです。

Connect with your unknown self.(未知のじぶんにつなげ)

プラクティスの意味③(フィードバックとフィードフォワード)

フィードバックもフィードフォワードも、ものごとの手順、流れのあるシステムの機能から生まれたことばです。どちらも大切な役割があります。じぶんを具体的にふりかえり、気づきをうるために。フィードフォワードは、ただの前向きの気持ちではなくて、未知(わからないこと)へじぶんを向けるために、ことばに出して発想をつなぐことです。

Give yourself Feedback and Feedforward.(フィードバックとフィードフォワードの両方を)

じぶんというタイムマシーン|思いのタネをまく③

若い時に、思いのタネをまけばよかった。過去は変わらない。いいえ、じつは、だれにでも、すでに「まいていたタネ」があります。それに気づいていなかった(いまでも、気づいていない)、それが眠ったまま(あることを知らない)だけ。さかのぼって思いのタネをまくことが、できるのです!じぶんというタイムマシーンを生きているのですから。

You can always sow a seed. (思いのタネは、いつでもまける)

未知の世界をのぞく

珪藻(けいそう)は、コンブとおなじように、藻(も)なのですが、水に溶けているガラス分をとりこんで殻をつくります。地球上の1/4の酸素を算出していると言われます。太陽の光でガラスの殻をつくる生き物。川原から拾ってきた石の裏側から、地球全体の何億年まえとつながる想像の世界。その世界を顕微鏡でのぞいてみることができます。

It’s wondrous.(ふしぎはたのしい)

詩はじぶんを知るきっかけ (How to know yourself.)

渡邊十絲子さんは言います。「詩は、わたしがまだ知っていない「わたしの感じ方」をつくるきっかけである。」じぶんの身体を使って、じぶん自身にむけて、ことばを声でアウトプットすることによって、はじめて気づくことがあります。いえ、そのようにしないと、じぶんでは気づいていない、「気づくべき何か」が湧き上がってこないのです。

You can only realize something when you say it.

窓をひとつあけよう|ジョハリの窓と未知のじぶん

「ジョハリの窓」は、気づきのモデルです。① 自分も他人もよく知っている「じぶん」 ② 自分は知っているが他人は知らない「じぶん」③ 自分は知らないが他人が知っている「じぶん」④ 自分も他人も知らない、未知の「じぶん」。④があることです。これまで気づいていなかったじぶんに気づくこと。未知は、じぶんの中にあります。

Open the window.(窓をあけよう)

素心深考 (Simple and Profound)

広中平祐さんはこう言います。「なぜ学ぶのか?それは、目には見えないが、生きていく上に非常に大切なもの、「知恵」を身につけるために。そのためにいちばん大切なことは、素朴な心「素心」を失わないことです」相手と一体になって考える謙虚さが、素心です。素心によって共感の力を引き出し、深く学ぶことができるのです。

I’m humbled.

静穏と縁 [ムーミントロール]

飯能市につくられたテーマパーク「ムーミン谷」は、10年ほど暮らしていたスウェーデンの風景によく似ています。こどものころ探検していた川の水が、ズイドウとよばれる地下トンネルでその湖に注がれていたことを思い出します。縁ということばは、ものごとのつながりや、そのようになる、めぐりあわせという意味ですが、そのことを実感します。

It’s auspicious.(いいことがありそうな)

Life is an adventure (2) |ヘレン・ケラーの冒険

Life is either a daring adventure or nothing. (人生はやってみて何かに出会うか、なにもせずにいるかのどちらかだ)

adventure(冒険)とは、危険を冒して旅を続ける話だけではありません。偶然に遭遇すること、運や縁にめぐまれること、たまたま起きること、という意味です。知らないことに心をひらくこと。身近な世界にこそ冒険があります。ふだんの生活の中にこそadventureはあります。未知にであう体験。いちばんの未知は、じぶんです。

地球に共感する

ライアル・ワトソンさんは言います。「科学者としての私は「太陽があるから光が見える」という。しかし、私の新しい理解では「私が見ているから太陽は光である」といってもおなじように真実であることを示唆する。われわれは地球の目であり、耳であり、われわれの考えることは地球的思考だ。」私たちは、「じぶんと空気のあいだ」に生きています。

Interaction is the soul.(ふれあいが魂)