ものにささえられて

哲学者・西田幾多郎の歌から。

かの椅子に よりて物かき 此床このとこ
入れて
またふす 日夜夜毎にちやよごと

この椅子のおかげで物を書き、この寝床に入って寝る毎夜よ。このじぶんを、椅子が、布団が支えていてくれるー

じぶんひとりが頑張っているのではない。じぶんと共にいるものがある。

それは、エンパシー(共感)です。「相手」を感じること、ふれあっていること。共感の相手は人間に限りません。

あたりまえフィルターをはずす

画家・熊田千佳慕のことばから。

心の目、心の耳、心の口。

虫や花の美しさを愛することのできる目。
虫や花の言葉のわかる心の耳。
虫や花に自然に話しかける口。

ほぼ百年の生涯に、身の回りの自然を描き続けました。
このように聞くと、それはきっと、じぶんにはできない特別な才能だったのだろう、と思えますね。

でも、同時に、こうも思えます。

I am blessed

I have been blessed with many gifts.

ある日、隣人のアート・テイラーさんが語ってくれました。
一日一回、言っているとね、そのことばが出てくるんだ。

アートさんは、毎日、エンパシームに、たくさんのseedを残します。

いいことばは、たくさんあるよね。ほんとに、たくさんある。
文字でみるとね、聞いたことがあることばばかり。
でも、肝心な時に出て来ないね。ふだん声に出して言ってないと。

共感という「ふしぎの力」

恩師の高橋先生が亡くなって1年近くになる。先生の家を訪れる野道、菜の花が昨春と同じように咲き乱れている。

40年ぶりの再会を果たした1年前、先生は、笑顔いっぱいのことばで私を励ましてくれた。

「あの日からしばらくして容態を崩して、みんなが見守る中でね、静かにバイバイって手をふるように亡くなったの。」
奥様の京子さんは、静かな微笑みを浮かべ、そう語ってくれた。

昨春、突然思い立って、先生に会いに行き、40年を凝縮するかのように、共に時間を過した。
「ふしぎ」の力が働いていた。

落花生の都合

それにしても、落花生は不思議な植物です。地中にカプセルをつくって身を結ぶ花。なぜだろう?

落花生農家のおじさん曰く:
なぜって言われてもねぇ。カプセルができるから、実ができるんだ。カプセルができないと実にはならない。もしかして、あれかい?なんでわざわざカプセルを地面につくるのかっていいたいの?空中にぶらさがったカプセルができて、そこに実ができればいいんじゃないかってね。

そうじゃないんだなぁ。カプセルができることと実ができることは同じこと。土の中だからね、カプセル。空中だったらカプセルいらないだろうね。

落花生にもね、都合があるんだな。人間の都合じゃなくてね。

いのちを、いただく。

もぎたてのトマトの瑞々しい香り!

天の恵みとは、このこと。
地の恵み、光の恵み、風の恵み、水の恵み、育てる人の恵み、共に味わう人の恵み、いのちの恵み。

身体全体でじんわり染み込む味わい。
このひと時に、恵みが映っています。

Count your blessings.
 (恵みの数をかぞえよう。)