Empathemian 『菜の花』飯能市・双柳

恩師の高橋先生が亡くなって1年近くになる。 先生の家を訪れる野道、菜の花が昨春と同じように咲き乱れている。

40年ぶりの再会を果たした1年前、先生は、笑顔いっぱいのことばで私を励ましてくれた。

「あの日からしばらくして容態を崩して、みんなが見守る中でね、静かにバイバイって手をふるように亡くなったの。」

奥様の京子さんは、静かな微笑みを浮かべ、そう語ってくれた。

昨春、突然思い立って、先生に会いに行き、40年を凝縮するかのように、共に時間を過した。

「ふしぎ」の力が働いていた。

京子さんは、病床にあった頃の先生の日記があったことを話してくれた。

「お通夜の晩にね。棺に入れないでとっておくことにしたの。大切な宝だもの。」

ふたりで食べる食事はおいしいね。
いつも、ありがとう。
ひとりにして、ごめんね。

「こんなこと書いていてくれたのね。私、これからも、一日一日を大切にして生きたい。だから、じぶんを励ましてくれることばを、いつも持っていたい。」

共に感じる時。共に感じることば。私たちはいつも、共感という「ふしぎの力」に支えられている。