写す出力が学び

白川静さんは、こう語ります。
「手で書くこと。手先から脳へ打ち込む。もちろん、目で見ることは必要です。写すこと、書くことがそれ以上に必要であり、重要です。

私は若い時に日記を書いておったのですが、書くことがない時や、余白が出た時にはそこへ、詩や漢文を写して、余白を埋めていたんです。面白いことに、漢文を写しているうちに、漢文が読めるようになったんですよ。流し読みしただけでは頭に入らない漢文が、書き写すことで、文法や語法的な関係とか理解できるようになっていきました。

内語に親しむ

いつも使っているのに、気がついていないことばがあります。それは、「内語(うちご)」です。英語で Inner Speechと呼ばれます。声にして話すのではない、心の中で使っていることば。心当たりがあるでしょうか。

ノーバート・ウィリーさんは、こう言います。
「内語は、れっきとした言語だが、通常の言語とは異なっている。自分の身体的ふるまいと結びついた、対話的性質のある言語。実は、内語は1歳頃から始まっている。気がついていないだけで、自己の行動、大きな判断も内語によって導かれている。」

ポエジーを生きている

昔、おばあちゃんのラジオで地球の裏側の人の声を初めて聞いた時、それは「ぼくの大宇宙」でした。谷川俊太郎さんは、それがポエジー(詩情)だと言います。「詩には、行分けで書かれた詩作品という意味と、英語でいうポエジー、詩情、その二つの意味がある。」

ポエジーはあらゆるところにあります。
人は詩情を求める。/p>

「オーストラリアの短波放送なんかを受信すると、すごくうれしい。「オーストラリアが聞こえた!」とかね、一種の空間の隔たりみたいなものがあって、それが詩の言葉の出方と似ている。そういう宇宙の中に自分がいる。意識社会内存在としての人間と、宇宙内存在としての人間。人間は、二重に生きている。」

詩は声の力が大きい。