直球という変化球

習慣の「フレーム」をつくるもの。

ことばを使う回数が、そのフレームを強固にします。

こんな会話を思い浮かべてみてください。

のびた:ドラえもん、170キロの剛速球だって。

ドラえもん:あ、大リーグ野球の話ね。すごいね。

の:球が浮かび上がってくるんだって。

ド:なるほど。

の:ほんとに上がってくるの?

ド:そもそも、直球というのは、実は変化球だからね。

の:え?直球ってまっすぐ進むボールってことじゃないの?

ド:直球と呼んでいるけど、投げたボールはまっすぐ飛ばないよ。

の:どうして?まっすぐ行かず、曲がるのは変化球でしょ?

ド:うん、いちおうそういうことになっている。

Try it The Other Way Round ② さかさまにしてみる

The other way around.(さかさまに)

「① くるくる反転」は、(実はリンゴではなく、キウイの皮でしたが)くるくると巻いた皮が途中反転している様子は、「じぶんの姿を映す鏡」だと言いました。

ふだんの考え方の枠組みに気づく、きっかけになる、という意味です。

今日は、グーグル・アース(Google Earth)であそんでみましょう。(注1)

いま、宇宙空間を漂っています。
北極の上からながめるか、南極の上から地球をながめるか。

挿絵の写真、どこだかわかりますか?

Try it The Other Way Round ① くるくる反転

The other way around.(さかさまに)

ドラえもん:のびちゃんさ、リンゴの皮、ぜんぶきれいにむける?
のびた:むけるよ。それが?
ド:むいた後、どうなっている?
の:おいしそうなリンゴが待っている!
ド:実のほうじゃなくて、皮は?
の:皮?
ド:そう。どうなっている?
の:くるくるまいてる。
ド:よく見たことある?
の:ないなぁ。皮は捨てるもんでしょ。
ド:不思議なことがあるんだよ。
の:え?どんな?

考えを発明する ③ そのつもりになるだけで

Invention is the mother of necessity.(発明は、必要の母)

のびた:発明ってさ、答えを探すんじゃなくて、問題を見つけるって言ったよね。
ドラえもん:うん。そのとおり。
の:でもさぁ、どうやって問題を見つけるの?
ド:想像したもので、それで解決できることかが問題だよ。
の:あ、だから、さかさまに考えるって言ったのか。
ド:先に、もしかしたら何かになりそうなことを想像するんだ。
の:それで?
ド:先に、それをつくってみるんだよ。
の:先につくるの?
ド:こんなものあったらいいなぁ、というだけだと、まだ問題の発見にならない。

考えを発明する ② 答えではなく、問題を見つける

発明?

じぶんとはあまり関係ないかも。

いえ、そんなことは、ありません。

発明とは、毎日の生活の中で「問題」を見つけることです。

発明する、という意味の英語inventは、「中に入ってくる」というラテン語から来ています。

のびた:ねぇ、ドラえもん、発明って何?
ドラえもん:今までになかったものをつくりだすことだよ。
の:役に立つものをつくることでしょ?
ド:うーん。そうとも言えない。
の:なんで?役に立たないものをつくるんじゃないんでしょ?
ド:うーん。そうともいえる。
の:え?どっちなの?
ド:すぐ役に立つことがわかっているものをつくるのは発明ではないよ。
の:じゃ、どんなものをつくるの?

さかさまに考える

「逆問題」と呼ばれる問題の捉え方があります。

物事を想像したり、調べて推測したりする時、順方向に考えるか、逆方向に考えるか。順方向とは、原因から結果、入力から出力を求めること。逆方向とは、結果から原因、出力から入力や入出力の関係を推定することです。どうしてこうなったの?何が原因?と。

上村豊さんは、こう言います。
「すいかをたたいて、その音からすいかの味を推定する問題は、逆問題的。密度と音の高さの関係を法則とし、音の高さの観測結果からすいかのおいしさの原因である密度を推定する。ただし、これだけでは定性的な観察に過ぎない。すいかのおいしさの指標を数値として定め、その指標を音の高さから決定するパスを通し、「すいか美味計測器」なるものを考案するのは、逆問題。考案しても商品化する人がいないから工学者はやらない。また理学的に面白いことが発見できそうにないから、理学者も手を出さない。」

あべこべの気分になれる

雨が降ると、カサを持って出かけないといけないし、雨がやめば、そのカサを電車にわすれてきたりもします。服も濡れるし、湿度が高いと、気分に影響します。
でも、こどもの頃、雨がうれしかった思い出はありませんか。雨が降ると、あそびの場が広がります。

長ぐつで、水たまりにはいったり、カタツムリをシゲシゲと眺めたり。

雨の降る河原には、いろんな生き物がでてきます。
どこから来たんだろう、と思うぐらいに。

こんな絵本があります。『カエルのおでかけ』です。

そとは、どしゃぶりの「いいてんき」。
カエルは、うきうきおでかけ。
そうです、カエルにとっての「いいお天気」は、雨の降る日です。

無限のひと時

岩田慶治『無限と瞬間』より。

「一瞬、枝の小鳥が飛び立ったと言い、ぽっかりと蓮の花が咲いたと言うけれども、それは刹那あるいは一瞬の断片だったのではないだろうか。

その一瞬、山雀が枝を離れたと見ると、すでに数えきれない山雀が群れて空を渡って行く。そのとき、純白の蓮がいっせいに花を咲かせている。一瞬、一刹那のなかに同時という時があって、その時が無限に通じているのであった。

そうでなければ、ブッダの開悟したとき、そのとき草木虫魚同時成道などとは言えないではないか。 われわれは無造作に瞬間というが、実は瞬間と瞬間のあいだには、隙間があった。余白があったのだ。

原因は後からできる

のびた:だって、きらいなんだもん、ピーマン。
ドラえもん:どうして?
の:だってまずいよ。小さな頃からずっと。
ド:ずっと食べてないのに、ずっとまずいの?
の:そう。
ド:そう思い込んでるだけじゃないのかなあ。
の:昔に原因があるから変わらないよ。
ド:その昔のピーマンの味は、のびちゃんの舌にももうどこにもないんだよね。いまも。
の:あるある頭の中に!考えただけで、まずい!
ド:いつもまずいまずいって言う癖のことだね。

ふだん、私たちは、何かの原因があり、その原因によって結果が引き起こされる、という考え方に慣れています。

落花生の都合

それにしても、落花生は不思議な植物です。地中にカプセルをつくって身を結ぶ花。なぜだろう?

落花生農家のおじさん曰く:
なぜって言われてもねぇ。カプセルができるから、実ができるんだ。カプセルができないと実にはならない。もしかして、あれかい?なんでわざわざカプセルを地面につくるのかっていいたいの?空中にぶらさがったカプセルができて、そこに実ができればいいんじゃないかってね。

そうじゃないんだなぁ。カプセルができることと実ができることは同じこと。土の中だからね、カプセル。空中だったらカプセルいらないだろうね。

落花生にもね、都合があるんだな。人間の都合じゃなくてね。