原因は後からできる

のびた:だって、きらいなんだもん、ピーマン。
ドラえもん:どうして?
の:だってまずいよ。小さな頃からずっと。
ド:ずっと食べてないのに、ずっとまずいの?
の:そう。
ド:そう思い込んでるだけじゃないのかなあ。
の:昔に原因があるから変わらないよ。
ド:その昔のピーマンの味は、のびちゃんの舌にももうどこにもないんだよね。いまも。
の:あるある頭の中に!考えただけまずい!
ド:いつもまずいまずいって言う癖のことだね。

ふだん、私たちは、何かの原因があり、その原因によって結果が引き起こされる、という考え方に慣れています。

落花生の都合

それにしても、落花生は不思議な植物です。地中にカプセルをつくって身を結ぶ花。なぜだろう?

落花生農家のおじさん曰く:
なぜって言われてもねぇ。カプセルができるから、実ができるんだ。カプセルができないと実にはならない。もしかして、あれかい?なんでわざわざカプセルを地面につくるのかっていいたいの?空中にぶらさがったカプセルができて、そこに実ができればいいんじゃないかってね。

そうじゃないんだなぁ。カプセルができることと実ができることは同じこと。土の中だからね、カプセル。空中だったらカプセルいらないだろうね。

落花生にもね、都合があるんだな。人間の都合じゃなくてね。

無限のひと時

岩田慶治『無限と瞬間』より。

「一瞬、枝の小鳥が飛び立ったと言い、ぽっかりと蓮の花が咲いたと言うけれども、それは刹那あるいは一瞬の断片だったのではないだろうか。

その一瞬、山雀が枝を離れたと見ると、すでに数えきれない山雀が群れて空を渡って行く。そのとき、純白の蓮がいっせいに花を咲かせている。一瞬、一刹那のなかに同時という時があって、その時が無限に通じているのであった。

そうでなければ、ブッダの開悟したとき、そのとき草木虫魚同時成道などとは言えないではないか。 われわれは無造作に瞬間というが、実は瞬間と瞬間のあいだには、隙間があった。余白があったのだ。