Empathemian『Aspiration』

Aspiration comes from within. (ねがいは、声の自発から)

何が見えますか?

自分の顔。姿。動き。

でも、「じぶん」は見えますか?

じぶんの内側は、直接見ることができません。
じぶんの中で、何が起きているのか。
なぜ、そう感じたのか。なぜ、そう動いたのか。

他人にも見えない。じぶんにも見えない。
未知です。

不思議なことに、私たちは「未知」というと、まず、外の世界を思い浮かべます。

まだ、行ったことのない場所。
まだ、起きていない出来事。
まだ、やったことのない体験。
まだ、出会っていない人。

でも実は、もっとも身近なところに、未知があります。
知っているようで、いちばん知らない未知。

それは、じぶんです。

Illustrated pink brain over a person's head with the Japanese words 自分 and じぶん and two smiling cartoon figures, conveying the idea of self.
Empathemian『自分とじぶん』

じぶんと言うけれど、その中には、役割の違うふたつの働きがあります。

ひとつは、いまを生きている「じぶん」。
考えるより先に感じ、身体が反応し、自然に動く働きです。ふだんの大部分を占めます。

もうひとつは、その「じぶん」に気づく「自分」。
立ち止まり、ふりかえり、意味をつけ、次のふるまいを選ぼうとする働きです。

このふたつは、同じ役割ではありません。(*注1)

「じぶん」は、実際に体験する役割。
「自分」は、その体験を見つめ、手入れする役割。

95%の「じぶん」が、絶えず、背景で動いている。
5%の自分が、時々、その働きに光をあてる。(*注2)

95%の「じぶん」は、これまでの経験や習慣によって自然に働いています。
5%の「自分」は、その「じぶん」を見つめ、手入れをするマネージャー役。

ところが、かなり、へっぽこのマネージャーです。なぜなら、マネージャー役の「自分」は、「じぶん」で起きていることの多くをよく知らないからです。

よく見えていない。
よく聞こえていない。(*注3)

だから、変わりたいと思っても、いつもの「じぶん」に戻ってしまう。続けようと思っても、続かない。

育つのは「じぶん」です。
そのじぶんを育てるのは、自分。

では、その自分を育てるのは、だれでしょうか?
やはり、「じぶん」です。

つまり、未知なのは95%の「じぶん」だけではありません。5%の「自分」も、そのじぶんを十分には知りません。

そして、「自分」と「じぶん」がどう働き合い、互いを育てているのか。その関係もまた、未知なのです。

Be a doer.(する人になる)

人間は、プラクティスしたことを身につけます。

歩く、話す、聞く、食べる。
毎日くりかえしたことだけが、無意識の働きとして脳と身体に刻まれます。

私たちは、ふだん「自分」が「じぶん」を動かし、育てていると思いがちです。

頭で考え、こうせよ、と命令する。
それを、じぶんに言い聞かせる。

でも、実は、話は逆なのです。

じぶんが身体を動かす。やってみる。くりかえす。うまくいったり、いかなかったりする。

その体験をふりかえることで、「自分」が育つのです。

「自分」が先にわかっていて、「じぶん」を導くのではありません。
「じぶん」がやったことに、あとから「自分」が気づく。ふりかえる。ことばにする。

5%の「自分」は、95%の「じぶん」によって育てられるのです。

へっぽこなのに、「自分」はじぶんを管理しているつもりでいる。ところが実際には、管理していると思っていた「じぶん」の実践によって、マネージャー自身が育てられています。

My voice helps me grow.(じぶんの声が自分を育てる)

「じぶん」が身体を動かして、ふるまった体験が、「自分」に伝わります。
「じぶん」が発する声が、「自分」を育てます。

声は、外へ伝えるだけのものではありません。じぶんが発した声は、空気の振動となって外へ出て、ほぼ同時に耳から再び内側へ入ってきます。

「じぶん」から出たことばが、「自分」に届く。
出したことばが、また入ってくる。

「じぶん」が声を発する。
あとから「自分」が聞き、気づく。

声によって、「じぶん」から「自分」へ働きかける循環が生まれます。

私たちは、この複雑な循環を、毎日のふるまいの中で自然に行っています。(*注4)

だから、人は外から与えられた答えだけでは変わりません。
命令ではなく、内側から発すること。

じぶんの声で、自身に働きかけること。

その声の自発をアスピレーション(Aspiration)と呼びます。

アスピレーションは、ねがい、思い、志を、ことばにすることです。

ひと息を発すること。
声を出すこと。
じぶんから発した息が、声になり、じぶんを育てる。

じぶんから発した息が、声になる。
その声が「自分」に届き、「自分」を育てる。
そして、育った「自分」が、また未知の「じぶん」に気づいていく。

最大の未知は、「じぶん」。
「じぶん」に気づき、手入れをする役を担うのは、「自分」。
その「自分」を育てるのは、「じぶん」の声。

じぶんから発する。
声に出す行為そのものが、Aspirationなのです。(*注5)

作(文・挿絵・声に出すことば・声):坂口立考
出典・参照:Daniel Kahnemann『Fast and Slow』、以下のエンパレットノートなど

(*注1)ダニエル・カーネマンさん(心理学・行動経済学者、ノーベル賞受賞)は、人にはふたつの側面があると説明しました。ひとつは、その瞬間を体験しているじぶん(Experiencing Self)。もうひとつは、後からふり返り、その経験を記憶し、意味づけるじぶん(Remembering Self)です。つまり、私たちは、ひとり二役で、「ふたりのじぶん」を同時に生きているのです。脳のしくみをそれぞれ、ふたつのシステムが協調し、相互作用すること、それがなかなか容易ではないことなどを、わかりやすく説きました。

(*注2) 聞こえていない、とは、耳の性能の話ではありません。そもそも、じぶんから声が発せられていなければ、聞こえるものがありません。また、たとえ発せられても、「じぶん」は一瞬で動き、その働き刻々と消えます。くり返し声にすることで、自分は、ゆっくりとふりかえることができる。じぶんは速く、自分は遅い。そのくり返しの中で、自分は、じぶんに気づく。それが、自覚です。

(*注3) 5%は、頻度としては小さくても、負荷としては小さくありません。脳が消費するエネルギーのおよそ8割は、この自己を見つめる働きに使われていると言われます。少ないのは、稼働している時間であって、重さではないのです。

(*注4) 自分とじぶんは、一方向の関係ではありません。「自分」が「じぶん」を育て、「じぶん」のふるまいが「自分」を育てる。互いが互いを含みながら、再起的に、同時に育っていく関係です。これを「相互入れ子」、「相含」(そうがん:互いが互いを含み合う、密接な関係)と見ることができます。

(*注5)Aspirationは、志、ねがい、思い、憧れ、抱負という意味で使われます。Aspiration の語根は「息」です。息を吹きかけるように、いつも身につけること。ただ憧れるのではなく、じぶんがその人になりたいという思いを胸にすること。変わらぬ思い・ねがいをもつじぶんであること。

このことばの仲間に、inspiration、respiration、perspiration、spirit があります。

⚫︎Inspiration は、息を吹き込まれること。そこから、ひらめき。
⚫︎Respiration は、呼吸。
⚫︎Perspiration は、汗をかくこと。皮膚を通して息がにじみ出る、という感覚です。転じて、努力という意味にも使われます。
⚫︎Spirit も、もとは息、生命の息。息は、ただの空気ではなく、いのちの動きです。そして、その息でつくるものが、声であり、ことばです。

未知にじぶんを向ける力|Aspirationシリーズ(7回)

⚫︎じぶんこそ、最大の未知|Aspiration ①
⚫︎「正解を教えて」依存症|Aspiration ②
⚫︎「やらなくても困らない」が、いちばんの壁|Aspiration ③
⚫︎ できそう、という予感|Aspiration ④
⚫︎ 響いたことばを、じぶんの声にする|Aspiration ⑤
⚫︎ 夢は、後からできる|Aspiration ⑥
⚫︎ 未知へ向かう力が、じぶんを変える|Aspiration ⑦