
Empathy reflects your soul.(共感はじぶんの心の証)
共感(Empathy)は、共に生きることです。
ふるまいが、じぶんの心を明らかにします。
共感は、「他人の気持ちを理解すること」ではありません。
相手の心にじぶんをあわせることです。
それは、おなじふるまいをすること、
心の働きを共にすることです。
⚫︎ 相手の見ようとする景色を、共に見る。
⚫︎ 相手の聞こうとする音色を、共に聴く。
⚫︎ 相手の歩もうとする道を、共に歩く。
おなじふるまいのカタチと場をつくることで、素直な心をあわせることができます。

Empathy mirrors self. (共感がじぶんをうつす鏡)
「他者の心をわかろうとする」ことから始まるのではありません。
なぜなら、「相手を理解する」という目的意識や前提があると、気づかぬうちに、じぶんの考えで相手の心持ちを判断しようとしてしまうからです。
「かわいそう、気の毒」といった同情とも、「おなじ考え」という同感とも、違います。
そのような評価の対象をつくって、判断を下すことではないのです。
じぶん自身もおなじように心の世界に生きていることを実感して、相手に寄りそうことです。
相手の身になること。そのふるまいをすることです。
そのためには、じぶんの心によりそう必要があります。
じぶんの内面の世界を体験することが、共感の土台です。
Empathy works with your self-awareness, and vice versa.(共感は自覚によって働く。自覚は共感で働く)

Do it together.(共にせよ)
エンパシームは、「じぶんと共感する」プラクティスの場と時をつくります。
じぶんのことばを声にして、ふりかえる。あとから見て、また思い出す。
そうしてじぶんの心によりそうことも、共感のふるまいです。
Empathemeということばには、EmpathyとTheme、そして、ふるまいをひとつの単位としてとらえる「-eme」が重なっています。その場、その時にふれ、ことばを声にし、ふるまいを残す。あとからふりかえり、また次のふるまいにつなげます。
共感する心が先にあって、共感のふるまいが生まれるのではありません。
共に見ようとする。共に聴こうとする。共に歩こうとする。そうしたふるまいをくりかえす中で、じぶんの心にも気づいていきます。
共感は、じぶんの心、存在の証。
作(文・挿絵・声にだすことば・声):坂口立考
出典・参照:以下のエンパレットノートなど
Lidewij Niezink & Katherine Train The Self in Empathy: Self-Empathy
