写す出力が学び

白川静さんは、こう語ります。
「手で書くこと。手先から脳へ打ち込む。もちろん、目で見ることは必要です。写すこと、書くことがそれ以上に必要であり、重要です。

私は若い時に日記を書いておったのですが、書くことがない時や、余白が出た時にはそこへ、詩や漢文を写して、余白を埋めていたんです。面白いことに、漢文を写しているうちに、漢文が読めるようになったんですよ。流し読みしただけでは頭に入らない漢文が、書き写すことで、文法や語法的な関係とか理解できるようになっていきました。

共感という「ふしぎの力」

恩師の高橋先生が亡くなって1年近くになる。先生の家を訪れる野道、菜の花が昨春と同じように咲き乱れている。

40年ぶりの再会を果たした1年前、先生は、笑顔いっぱいのことばで私を励ましてくれた。

「あの日からしばらくして容態を崩して、みんなが見守る中でね、静かにバイバイって手をふるように亡くなったの。」
奥様の京子さんは、静かな微笑みを浮かべ、そう語ってくれた。

昨春、突然思い立って、先生に会いに行き、40年を凝縮するかのように、共に時間を過した。
「ふしぎ」の力が働いていた。