「多すぎ・少なすぎ」を直すプラクティス

現代を生きる私たちに共通の問題は「多すぎ・少なすぎ」です。多すぎるものは「入力」。とめどなく情報を取り入れ、「正解」を求めて、知識の入力ばかり。どれだけ知っているかがすべて。一方、少なすぎるものは「出力」。どれだけじぶんでできるか。行動という出力こそ。エンパシームは、出力を補助し、「多すぎ・少なすぎ」問題を補正します。

Output what you input.(入力したものを出力しよう)

やわらげる掛け声 [UNのつく動詞]

英語には、unで始まる動詞があります。例えば、undoには「やり直す、元の状態に戻す、反対方向に向ける、やわらげる」といった意味があります。一度してしまったことを、文字通り「やり直す」ことはできない時でも、undoできます。それまでと反対方向に心を向けること。何かに行きづまった時、空にUnの文字を思い浮かべてみましょう。

undo x [uneasy] → easy (落ち着かない状態を和らげるかけことば undoで、ざわついた状態に落ち着きをもたらす)

心のバランスシート④ [なぜ崩れる?]

入力過剰の現代生活。知識をため込めすぎると、心のバランスが崩れてしまいます。なぜかというと、よいことをたくさん知っているのに、それを実践していないから。よいことばをたくさん知っているのに、じぶんで使っていないから。じぶん自身でギャップをつくりだしているのです。そのことに気づけない状態にあることが、心のアンバランスです。

Output drives input.(出力が入力を牽引する)

共感の精錬 (8) 現代社会の過剰がもたらすもの

人間が心身のふるまいをつくる技術はアートと呼ばれ、その拡張はテクノロジーと呼ばれる。人間の創造性を外側に広げたものだ。しかし、今やそのテクノロジーが先導する現代文明の姿は、息がつまるほど性急で、著しく過剰で複雑だ。だが、現代社会は過剰というものの姿が見えず、声が聞こえず、肌で触れて気がつくという機会がなくなっている。