Empathemian『Sunnyvale, California』

マインドフルネス・プラクティス。

カタカナことばしかありませんか?

いえ、実はこのことばにぴったりの日本語があります。

それは、「修養」です。

精神の修養、自己の修養といいますね。
修養は「身をもっておこない、心を養う」ことです。

「修」と書いて「身を修める」といいますが、「おさめる」とは、まなんで身につけることです。
じぶんの身心にしっかりしまうこと。

似たことばに「修行」がありますが、方向性がまったく異なります。
修行は、じぶんにきびしくすることで学ぶことですが、修養は、じぶんにやさしく、長続きするように接することです。

心の修養というと古い伝統のように聞こえますが、修養という考えがなくなったわけではありません。
実はいまでも別のことばで、よく使われます。

セルフケアとか、肌のお手入れとか、いいますね。
ケアすること、気づかうことです。

「養」と書いて「やしなう」という意味。
それは、こんなイメージです。

土をたがやし、たねをまく。
水をやり、土の手入れをする。
芽が出て成長する様子をやさしく身まもる。

養うとは、別のことばにすると、待つことです。
じぶんという土に種をまき、育つのをみまもって待つこと。
種をまくとは、じぶん自身にむけて、声のことばをかけることです。
ほんとうに、声のあることばを、じぶん自身にまくのです。
そのようにして、じぶんを気づかうことばが種になり、それを養っていくこと。

それが修養になります。
おこないが身につくように、じぶん自身を、じぶんのことばでふりかえり、たしかめることです。

Cultivate Yourself.

心の手入れをしよう。

Nurture yourself.

じぶんの種を養おう。

「マインドフルとは、じぶん自身の友になること」

「身をもって、じぶんに関わる。」

「マインドがフルだと「バリア」になる」

「マインドがフルだと「いまを実感する単位」

出典・参照:『毎プラガイド』

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