Empatheme Foundation 代表 坂口立考

声のことばが、ねがいになる。
実は、私には長い間、じぶんでも気づいていなかった「希い」がありました。

20歳の時、父が病気で不随になり、声を発することができなくなりました。私は無力感に苛まれながらも、父が他界するまでの5年間、「ひらがな文字盤」を使い、手と息とまなざしで、ふれあうことを学びました。これが「エンパシーム」の原点です。

そのことに気づいたのは、10年前に、姉が急逝したことです。開発した新しいスマホを世に出す間に、いちばん身近で大切な人が、突然、消えてしまいました。
当時私は、ネットスマホ社会の希いの場をつくる、という意味あいをこめ、スマホを生み出す技術プラットフォームとその商品シリーズにXPERIA(エクスペリア)と名づけました。
世界を奔走する日々を送りながら、エクスペリアの思いとは裏腹に、私は何ひとつ、姉の助けになることができませんでした。その喪失感と挫折感に苦しんだことで、私ははじめて「存在のありがたさ」に気づきました。

そして、4年前、母の臨死がありました。エンパシームを互恵協働でなりたつ社会支援事業として、やり遂げられるのか、悩んでいる間に、今度はいちばんの応援者であり協力者である母を、いったん失ったのです。ところが、母は救命で蘇生しました。ふたたび元気になった母は、日々、「エンパシーム」でこう語ります。

Everyday is a gift. 毎日がおくりもの。

卒寿を迎えようという老婦人が、英語のことばをあわせて、日々を大切に生きる姿。ようやく、私はじぶんの使命に気づきました。

私たちは、じぶんのためにだけでなく、ひとのために生きている。それを、そのままじぶんにむかって声にして、語ることばが、私の希いになりました。

ひ・と・の・た・め・に・い・き・よ
父と交わした最後のことばも、蘇ってきたのです。

動画『エンパシームの路』