Empathemian, Menlo Park, California

科学とは何か?

かつて、中谷宇吉郎は、こう言いました。

科学の本質は、人間(の科学的思考)と自然の協同作品である。

「電気というひとつの題目だけをみても、考え方が始終変化している。電気があるとは「空間がゆがむことなのか」、「電子というごく小さい玉が空間を走ったり振動したりしていること」なのか。玉の性質もあれば波の性質もあるようなひとつの数式自身が電子だということになったが、マイケル・ファラデー以前も以後も、電気現象自身は何も変わっていない。

電気は真空の中にあっても、金属の表面にあっても、見えもしないし、捉えることもできないもの。どちらの理論の方が、より広く自然現象の説明につかえるかということ。広い意味での人間の利益に立つように見た自然の姿が、科学の見た自然の実態である。」

人間の目と心と、科学の方法が、共同作業で自然の法則を見つけること。
それを表現し、いままでよりも一歩深く、わかろうとする営み。
人間の心のはたらきも含めた営み全体が、サイエンスです。

エンパシームは、じぶんの可能性をひらくための、科学的なアプローチであると同時に、サイエンスと心のプラクティスをつなぐフィロソフィーです。

ただし、それは「じぶんという現象」を他人の目で評価を下すためのものではありません。
じぶん自身が、日々の小さな時間で、自己の自然観察を無理なく繰り返して紡ぎだし、その「ふるまい」の実践記録を、素直な心で受けとめ、手がかりとして活かすものです。

他人が調べた「じぶんの情報」をもらうことではなく、
じぶんのふるまいをじぶんの心で観察し、その情報をじぶんでつくってふりかえることです。

エンパシームは、じぶんへのサイエンス。その実践の証。

Work together.

出典:中谷宇吉郎『科学の方法』

「1本のロウソクになれ」

「サイエンスをじぶんに向ける」