ドレミファソラシド、8つの顔

小学二年生の時、私は嬉々としてピアノのレッスンに通っていました。先生が産休をとり、別の新しい先生に紹介されました。そちらに通い始めたある日のことです。部屋で先生を待つ間、私はある計画を実行しました。家のピアノでも試していたので大丈夫。成功を目に浮かべて、期待を膨らませました。

それは、ピアノの練習曲ではなく、先生を喜ばせる、あるアイディアでした。ピアノの鍵盤「ドレミファソラシド」にひとつひとつ顔をつけるのです。ある日、先生がピアノを引く時の鍵盤のあがりさがりが、ドレミファソラシドという小人に見える「ひらめき」でした。小さく丸く切り取った広告の裏紙に描いた8人の顔。鍵盤の上に並べ、そっとふたを締めます。開ける瞬間の「驚き」を想像してうれしくなりました。

道具と共に

の:ねぇ、ドラえもん、ひらめく道具ない?
ど:あ、ダニエル・デネットさんが「ひらめきのポンプ」という本を書いているよ。
の:本なの?
ど:そういう比喩で人間の感性・知性を高める「思考の道具」の話をしているよ。
の:ぼくもそのポンプほしいな。
ど:うん、そこで紹介されているのは:

人間は、素手だけでは大した大工仕事はできないし、脳みそだけでは大した思考はできない。

ボー・ダールボムさんのことばを引用して、デネットさんは言います。