
See with your ears. Touch with your ears.(耳で見よ、耳で触れよ)
聞くとは、耳で見ること。
音の色、音のカタチを見るのです。
聞くとは、耳で触れること。
音の肌触り、余白に触れるのです。
私たちは、ただ見るとか、ただ聞くとか、しているのではありません。
光が目から入ってきている、音が耳から入ってきているだけ、ではないのです。
大脳皮質の連合野で、感覚どうしを結びつけ、実感をつくり出しています。
実は、私たちはもう、ことばの中でそれを毎日のように体験しています。
① 見る(視覚化)
- 音色を見る
- 味を見る
- 香りを見る
② 聞く(聴覚化)
- 香りを聞く
- 光がうるさい
- 肉声を聞く
- 利き酒
③ 触れる(触覚化)
- 声に触れる
- 目に触れる
- やわらかい音
- ことばが刺さる
④ 嗅ぐ(嗅覚化)
- 春の香り
- 危険を嗅ぎつける
- 気配を嗅ぎ取る
- 胡散臭い話
⑤ 味わう(味覚化)
- 余韻を味わう
- 甘い声、渋い声
- 情景を味わう

Voice remembers me.(声が、その感じをつくってくれる)
解剖学・発生学を通し、人間と自然の根源的なつながりを探求した三木成夫さんは、こう言います。
「私たちの目で見るものも、耳で聞くものも、すべて大脳皮質の段階で融通無碍に交流している。視覚領と聴覚領の間でも、この両者の橋渡しは豊富。感覚の互換が、とくに視覚と聴覚の間、それも視覚から聴覚に向かって発達している。」
つまり、私たちの感覚は、バラバラには働いているのではありません。
見たもの、聞いたもの、触れたもの、嗅いだもの、味わったものが、連合野で結びつきます。
けれども、それだけでは、まだ実感にはなっていない。
感覚どうしの結びつきは、ことばにしてはじめて、そのように感じられるようになります。
きらきら、ふわふわ、ピリピリ、ずしん、ぐいぐい、じわじわ、しみじみ。
オノマトペは、その典型です。
そして三木さんは、さらに深いところまでさかのぼります。
「人間の「声」が「言葉」という、動物にはけっして見られない独自の機能にまで分化を遂げた、その奥には、長い身体の歴史がある。」
のどぼとけ──咽頭から口にいたる部分──は、腸管の最先端部。
声は、鰓(えら)呼吸のなごりだというのです。
つまり、人間のことばは、はじめから頭でつくられたのではない。
脊椎動物の五億年の歴史は、魚の鰓呼吸に始まる。
そして、その長い進化の道筋は、私たちのからだの形成にも凝縮されたかたちであらわれる。
「受胎1ヶ月後の1週間に、胎児は古代魚のおもかげから爬虫類のおもかげへ、さらに原始哺乳類のおもかげへと、みずからのからだを刻々と造り変えていく。」
ことばは、響きと化した内臓表情。
はらわたの声そのもの。
内臓の感受性とことばの形成は、切っても切り離せません。
心で感じることと、ものを話すことは、表裏一体の出来事なのです。
だから、私たちは頭だけで意味を処理して「わかる」のではない。
五感を結びつきを、ことばによって実感をつくることで、わかるようになる。
たとえば、「おいしさ」も舌だけの出来事ではありません。
- 見た目、香り、食感。
- 季節、天気、場所、その場の空気。
- そして、相手、話題。
すべてが結びつき、その体験を共有することで「おいしさ」になります。
Delicious!(おいしいね)
出典・参照:以下のエンパレットなど
三木成夫『内臓とこころ』『生命とリズム』
心の世界は五感を結いあわす[さかさまにすると誤解にも気づく]
わからないことがある、とわかるために『Peanuts』問答
肉声が音とイメージを結びつける(オノマトペは皮膚感覚)
声の中に生きているーふしぎ
ハーモニーとは「生きている」こと
味わう「15秒」が大切な理由(修養の意味)
蓄音機と人間の不思議①(Can you hear me?音のつぶつぶ感を味わう)
手がかりは、身のまわりにある。(しっかりふれさえすれば)
共感をあじわう [フルーツとことば]
百聞は一見にしかず、 百見は一聞にしかず
耳と目の結婚(4)イメージとリズムの強い連携づくり
円と三角とカタツムリ [声をカタチに変換するフィルター]
