手書きが、じぶんを写す鏡になる|心の整流化⑥
手は脳の〈見える化〉されたもの。手は、脳の入り口であり、出口です。私たちは、手の動きで脳を育てています。頭の中に何かあることを、取り出して書くというより、書こうとするから、ことばが紡ぎ出される。日記は記憶の倉庫ではありません。手で、じぶん自身を残すしかけです。じぶんのふるまいを写す鏡。その鏡はタイムマシンでもあります。
Write time by hand.(手が時間を書く)
手は脳の〈見える化〉されたもの。手は、脳の入り口であり、出口です。私たちは、手の動きで脳を育てています。頭の中に何かあることを、取り出して書くというより、書こうとするから、ことばが紡ぎ出される。日記は記憶の倉庫ではありません。手で、じぶん自身を残すしかけです。じぶんのふるまいを写す鏡。その鏡はタイムマシンでもあります。
Write time by hand.(手が時間を書く)
ふだん無意識に使っている見方のフレームワークを変えるには?こんな実験をしてみましょう。目の前に、人さし指を上向きに出し、上からのぞくようなかんじで、左向きにくるくる回しながら、指を持ち上げていき、下から見上げると?いつの間にか、右向きになりますね。見る形式に従って、対象の認識が変化したのです。相手側に立つ、共感の力。
Use your empathy.(共感のチカラを使おう)
スイスイと泳ぐアメンボの気分。それを想像できるのは、人間に共感の力が備わっているから。私たちは「物事が先にあり、それがありのままに入ってきて、それを認識する」と思っていますが、実は話は逆なのです。体験と想像の働きによって、物事をみる形式を身につけているのです。「アメンボがスイスイとしている」のは、心という現象なのです。
I’m a water slider.(アメンボの気分)
幸せとは、ゴールではなくて、共に感じる営み、その道筋のことです。カントはこう説きました。「道徳とは、幸せになるための教えではない。幸福にふさわしいふるまいをするための教えである。(1) じぶんで考える (2) 相手の身になって考える (3) このふたつを結い合わすこと。じぶんの行動原理と、世界の原理をあわせること。
Happiness is not the goal.