
I’m a water slider.(アメンボの気分)
見えますか?
黒い、小さなツブが5つ、影に映っています。
春の小川。
岩で水の流れがせきとめられた所で、アメンボが水面を自在にすべっています。
愉快な気分。
アメンボの世界は、私たちの世界とは違っていることでしょう。
でも、きっと、おなじような気分なのだろうな、と想像できます。
人間の想像力は、物事をただそのまま受け入れて「感じる」のではありません。
実は、どのように受けとめるかという、「ふるまい」を身につけているのです。
小さい頃から、気づかぬうちに、そのようなふるまいを身につけて、その感覚をみんな共有しています。
イマニュエル・カントは、こう説きました。
「人間は、経験する前に、どう受けとめるかの形式を持っている。
時間や空間も、経験に先立つ形式のことである。」
形式?
そうです。
物事を認識したり、理解したりする時の内容以前に、捉え方の形式がある、というのです。
私たちの日常的なものの見方は、まず、対象となる物事が先にあって、それを認識しているのだ、と感じますよね。
でも、実はそうではない、話は逆だ、とカントは言うのです。
物事が「ありのまま」に入ってきて、それが認識されるのではなくて、時間、空間という形式が先にあり、それに従って認識しているのだ、と。
その話、アメンボを眺めていることと、何か関係があるの?
はい、大いにあります。
I’m sliding on the water.(水面をスイスイいくよ)
出典 ・参照:イマニュエル・カント『純粋理性批判』 、『毎プラガイド』