おくりものは共感体験

絵本『わすれられないおくりもの』より。

誰もが頼りにしていたアナグマの死期が迫っていました。アナグマは、自分が死ぬことを恐れてはいません。死んで体はなくなっても、心は別の形で残ることを、知っていたからです。

「最後の雪が消えた頃、アナグマが残してくれたものの豊かさで、皆の悲しみも、消えていました。アナグマの話が出るたびに、誰かがいつも、楽しい想い出を、話すことができるように、なったのです。

エンパシームへの路(2)

声のことばが、希いになる
実は、私には長い間、じぶんでも気づいていなかった「希い」がありました。

20歳の時、父が病気で不随になり、声を発することができなくなりました。私は無力感に苛まれながらも、父が他界するまでの5年間、「ひらがな文字盤」を使い、手と息とまなざしで、ふれあうことを学びました。これが「エンパシーム」の原点です。

そのことに気づいたのは、10年前に、姉が急逝したことです。開発した新しいスマホを世に出す間に、いちばん身近で大切な人が、突然、消えてしまいました。
当時私は、ネットスマホ社会の「希いの場」という意味あいをこめ、スマホを生み出す土台、その商品シリーズに「エクスペリア」と名づけました。世界を奔走する日々を送りながら、エクスペリアの思いとは裏腹に、私は何ひとつ、姉の助けになることができませんでした。その喪失感と挫折感に苦しんだことで、私ははじめて「存在のありがたさ」に気づきました。

地球に共感する

ライアル・ワトソンさんは、こう言います。
「昔から、ふたつの世界観が存在してきた。ひとつは互いに因果関係をもち、互いに影響している事物や事件でも、実はまったく別個のものであるという日常的な現象。もう一方は、すべてが大きなパターンの一部であると考える、やや特殊な見方。生活していく上で前者の世界観が一番価値があるため、幼児期からそのように行動することを覚える。後者の考えは、ただちに実用化できるような重要性をあまりもたない。だが、この考え方こそすべての生命に大きく作用するもの。正式な教育と自然な直感とを調和させる方法はないものか。それができないことは、もっとも重要な資源の大きな無駄である。

I am blessed

I have been blessed with many gifts.

ある日、隣人のアート・テイラーさんが語ってくれました。
一日一回、言っているとね、そのことばが出てくるんだ。

アートさんは、毎日、エンパシームに、たくさんのseedを残します。

いいことばは、たくさんあるよね。ほんとに、たくさんある。
文字でみるとね、聞いたことがあることばばかり。
でも、肝心な時に出て来ないね。ふだん声に出して言ってないと。