I’m sorryは「すみません」ではない(共感のことば)
すみません。I’m sorry.は、あやまる時のことば。そんなふうに覚えましたよね。でも、sorryは「ごめん」という意味のことばではなく、相手の気持ちを察した時の心の状態です。sorryの語源は「痛みを感じる」です。あやまる時でなくても、相手に心を察して痛みを感じる時。色々な使い方がありますが、原点はすべて同じです。
I’m sorry.(察するよ)

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
すみません。I’m sorry.は、あやまる時のことば。そんなふうに覚えましたよね。でも、sorryは「ごめん」という意味のことばではなく、相手の気持ちを察した時の心の状態です。sorryの語源は「痛みを感じる」です。あやまる時でなくても、相手に心を察して痛みを感じる時。色々な使い方がありますが、原点はすべて同じです。
I’m sorry.(察するよ)
鳥が枝に降り立つとき、枝が折れないと信じているわけではありません。もし枝が折れたり、大きく揺れたりしたら、鳥は空へと舞い上がります。枝ではなく、じぶんの翼を信じているのです。心配ばかりしていると、飛べなくなってしまいます。何もしないうちに機会は過ぎ去ります。心配はいりません。あなたにはじぶんの力で飛べる、翼があります。
A bird trusts its wings, not the branch. (鳥は、枝が折れないことではなく、じぶんの翼を信じている)
心のつながり、寄りそう社会。大切だと言われるのに、なぜか、心はつながらず、寄りそうことがむずかしい。その根本的な理由は、努力不足ではなく、コミュニケーションの本質にあります。相手に対して、用件を伝える、質問に答えるという「メッセージのやりとり」の周辺にこそ、大切な心の動きがあります。それが切り捨てられたままだからです。
What’s holding you back?(何がジャマしている?)
