じぶんの影をうつす「形端影直」
唐代の詩人、王勃の詩に「形端影直」ということばがあります。形は影に現れる。写った影によってじぶんの姿がわかる。映り出たものを見なければ、じぶんの姿はわからない。一方、影だけをつくることも、影だけまっすぐにすることもできない。姿勢をつくることと、そのとおり現れることは一緒のこと。このことばにプラクティスの核心があります。
Reflect your micro-actions in Empatheme.(小さなふるまいをエンパシームにうつす)

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
唐代の詩人、王勃の詩に「形端影直」ということばがあります。形は影に現れる。写った影によってじぶんの姿がわかる。映り出たものを見なければ、じぶんの姿はわからない。一方、影だけをつくることも、影だけまっすぐにすることもできない。姿勢をつくることと、そのとおり現れることは一緒のこと。このことばにプラクティスの核心があります。
Reflect your micro-actions in Empatheme.(小さなふるまいをエンパシームにうつす)
千里の道も一歩からということわざがあります。でも、一歩を踏み出しても続くだろうか?こんなふうにも歩くこともできます。「一歩の中に千里あり。千里の中に一歩あり。千里を歩いて一歩になる。一歩の中に千里の喜び。切り拓く道。未知と出会う道。道を進むと千が一に、道を登ると一が千になる。道は長くつづく道。道はいつも心によりそう友。
One thousand clouds make one sky.(千の雲がひとつの空をつくる)
じぶんひとりが頑張っているのではない。じぶんと共にあるものがある。それは、エンパシーです。「相手」を感じること、ふれあっていること。共感の相手は人間に限りません。光も水も風も、じぶんの相手になり、共にある時があります。私たちはつねに、いろいろな物事に支えられている。そのことを思い出す時、じぶんの存在に気づくのです。
When you unlearn yourself.
