
You can’t undo experience. (経験したことは、元には戻せない)
⚫︎ いったんできるようになると、前には戻れない
前回、自転車に乗れるようになるまでの話をしました。
はじめは、まっすぐ進めない。ふらつく。転びそうになる。そのたびに、身体は少しずつ調節します。
一回の調節は、ごくわずかです。それでも、前の一回が次の一回に生かされる。これをくりかえして、ある時、しきい値を超える。
すると、「乗れない」から「乗れる」へ変わります。
そして、いったん乗れるようになると、その調節は身体に定着します。
もちろん、しばらく乗らなければぎこちなくなることはあります。それでも、まったく乗れなかった時の身体に、そのまま戻るわけではありません。また、少し慣れれば取り戻せます。
乗れる人は、乗れる身体で自転車に乗ります。
「まだ乗れない身体」で、自転車にまたがることはできません。
身につくとは、何かを知ることだけではありません。くりかえした調節が、その人の働き方そのものになることです。
そして、その時から、あることが起こります。
できるようになった人には、できなかった時の内側が、見えにくくなるのです。
⚫︎ 見え方も、聞こえ方も変わる
これは、自転車だけの話ではありません。
次の文字を見てください。

なんと読めますか?
カモレレロ?
書かれているのは HELLO です。
HELLOだとわかってから見ると、今度はHELLOに見えてきます。(*注1)
では、音はどうでしょう。これはなんと聞こえますか?
ワリュビナップトゥ?
英語だという察しがつくと、「速くて聞き取れない」。
そう感じるでしょう。
でも、速くて、音が全然聞こえなかった、のではありませんね。
音はちゃんと耳に入ってきて、それが「ワリュビナップトゥ」みたいに聞こえた。
英語耳°(英語の日常会話で使われる、リアルタイム音声の認知・再現力)があれば、
What have you been up to? と聞こえます。
同じ文字を見ていても、同じように見えているとは限りません。
同じ音を聞いていても、同じように聞こえているとは限りません。
できるようになるとは、正解を知ることではありません。くりかえし見て、聞いて、声にして、たしかめる。その再帰を経て、脳の捉え方そのものが変わっていきます。
はじめは「カモレレロ」のように見えていた文字も、HELLOとして認知する働きが定着すれば、HELLOにしか見えなくなる。
What have you been up to? も同じです。
はじめは、何を言っているのかわからない。別の音のまとまりに聞こえる。それでも、聞いて、声にして、くりかえすうちに、What have you been up to? ということばとして認知されるようになる。
ネイティブスピーカーも、生まれた時からそう聞こえていたわけではありません。ことばにふれ、声を出し、膨大なくりかえしを経て、音をことばとして捉える働きが定着しています。
いったん、そのしきい値を超えれば、What have you been up to? は、頭の中ではこんなふうに聞こえるようになります。

もちろん、脳の中に文字が書かれているわけでも、このような色粒が描かれているわけでもありません。
これは、見えない認知の働きを捉えるためのモデルです。
聞き取れる時には、流れてくる音が、ばらばらの音ではなく、区切りとまとまりをもった流れとして捉えられています。認知の働きは、こんなふうに音の流れをクッキリと再現している、と想像してみてください。
リズムミラーは、その音の流れを、色粒のつらなりと動きで表現します。(*注2)
いったん、その捉え方が定着すれば、前の聞こえ方には簡単には戻れません。
Once you see it that way, you can’t unsee it. Once you hear it that way, you can’t unhear it. (いったんそう見えると、もう見えなかった時には戻れない。)いったんそう聞こえると、もう聞こえなかった時には戻れない)
自転車に乗れる人が、「乗れない身体」に戻れないのと同じです。
だから、できる人には、できない人にいま何が見え、何が聞こえているのか、その内側は見えないのです。
⚫︎ だれも、あなたの内側を体験することはできない
できるようになった人は、できなかった時のじぶんを思い出すことはできます。
けれども、あなたがいま経験していることを、あなたに代わって経験することはできません。
何が見え、何が聞こえ、どこでつまずいているのか。
外からできるのは、それを想像することです。本人に代わって、内側の調節をすることはできません。
答えを与え、正解へ導く。それだけでは、「教える→教わる」はあっても、「学ぶ→身につける」のしくみにはなりません。
本人がやってみる。気づく。調節する。またやってみる。
そのプラクティスに、よりそう。

⚫︎ プラクティスによりそう
ネイティブスピーカーでも、あなたの内側に入って、あなたに代わって英語を聞くことはできません。
自転車に乗れる人も、あなたの身体に入って、代わりにバランスを取ることはできません。
外からできるのは、お手本を示すこと、やり方を見せることです。
誘うこと、導くこと、促すこと、励ますこと、支えること、わかちあうこと。
あなたは、じぶんの内側で、やってみる。気づく。調節する。またやってみる。
それが、プラクティスです。
人を外から育てることはできません。
できるのは、その人がじぶんの内側を育てるプラクティスに、よりそうことです。
Grow from within. (内側から育つ)
(*注1) Ray LarabieがデザインしたElectroharmonixというフォントです。日本人だけが「読めない」あるいは「読めるまでに時間がかかる」という笑い話もあります。気づかないものは、何もなしには、気付けないものです。
(*注2) 原子模型やDNAの二重らせん図が、原子やDNAそのものではないように、モデルとは、直接見ることのできない構造や働きを、形や色を使って捉えられるようにしたものです。リズムミラー(Rhythm Mirror®)も、音声発話の特徴を抽出し、認知・再現された音の流れを、色粒のつらなりと動きで視覚的に表現・比較するモデルです。エンパシームに内蔵されて、リアルタイムにあなたの認知・再現がどのようになっているか、色粒のつらなり、その動きで忠実に表現し、比較・フィードバックを可能にする発明テクノロジー(特許)です。

内側を育てる|Growth From Within シリーズ
⚫︎ 外から人は育たない|人は内側から育つ①
⚫︎ 教えたと身についたは同じではない|人は内側から育つ②
⚫︎ やって、うまくいかないから、はじめてわかる|人は内側から育つ③
⚫︎ できる人には、見えないものがある|人は内側から育つ④
⚫︎ ことばのタネをまき、育てる|人は内側から育つ⑤
⚫︎ 同じことをしていても、育ち方はちがう|人は内側から育つ⑥
⚫︎ たのしい、うれしい、おもしろい |人は内側から育つ⑦
作(文・挿絵・声に出すことば・声):坂口立考
出典・参照:以下のエンパレットノートなど
