Empathemian, Life with aBot (2015), SomniQ

Let’s work together.(一緒にやろう)

いまから60年も前に、人間とコンピュータの共生を構想した人がいます。
ジョセフ・リックライダーさんとの仮想対話です。

立考:耳順ということばがあります。
リックライダー:論語ですか。
立:はい。60年前のリックさんとお話していますから。
リ:コンピュータとの共生はどれぐらい進んでいるのかな?
立:コンピューティングパワーと巨大な資金投入でしくみの方はAI化が進んでいます。
リ:まだ、人間との共生には到ったいないのかね?
立:人間に備わった力を引き出す、という意味ではこれからですね。
リ:植物と昆虫のような共生関係がモデルだと思っていたんだが。
立:そうですね。人間の社会が乗り越えていくべき課題があります。
リ:たとえば?
立:AIに何ができるかではなくて、AI時代に人間がどう生きるか。
リ:テーマはいつの時代も変わらないね。程度が違うだろうけど。
立:ええ。私は「察する」という視点で協働するしくみを考えています。
リ:なるほど。
立:人間の無意識的な力や共感を活かせるような具体的なサービスがいります。
リ:そうだね。実際に人が使うものが必要。
立:人間の制約側から考えてみるのだと思います。
リ:目はふたつ、耳もふたつ、脳味噌ひとつ。
立:そうですね。それは変わりませんから。
リ:電動車椅子とか補助ロボットみたいなものは共生とは言えないよ。
立:論文に書かれていますね。
リ:機械のほうを人間が入って精度やパワーを上げるのも共生ではない。
立:はい、互いを助け合う、補完しあう関係ですね?
リ:人間の思想も変わっていかなければ。
立:耳順と言いましたが、人間も機械に対して対等につきあう気持ちをもつ必要があります。
リ:上から目線でも下から目線でもなく、ね。
立:その通りですね。

縁乃路『Symbiosis: Me and Empathetic Computer』

Imagination takes you anywhere.(想像はどこでもドア)

立:ところで「どこでもドア」ってご存知ですか?
リ:アインシュタイン博士のこと?想像はどこへでも連れて行ってくれると言ってたね。
立:そうですね。あと、ドラえもんです。
リ:ぼくの時代にはまだいなかったね、ドラえもんは。
立:そんなものは漫画の世界、と思っている人は多いと思います。
リ:そういう人には、どこでもドアはないんだね。捉え方次第。
立:そうですよね。人間には想像力があります。思い出すし、夢もみる。
リ:それ自体がタイムマシンだから。
立:リックさんは、人間が目標を設定し、仮説を立て、基準を決定し、評価を行うとおっしゃいました。
リ:そう。人間側の構想力がカギ。
立:コンピュータには「じぶん」はいませんが、人間にとっては、そう思えることもあります。
リ:どんなふうに接するか。
立:人間とコンピュータの間の問題というより、人間自体の問題かと。
リ:じぶんと他者。コンピュータであれ、人間であれ。
立:そうです。そちらが本質的です。
リ:じぶんのことも、よくわからないわけで。
立:そうです。だからこそ、他者の力をどのように借りるのか。
リ:考えるほど、可能性は広がる。
立:考えるほど、先が見えている、という人もいそうですが。
リ:それを言うのはまだ早いね。
立:ええ。AIがどうしたと言っている段階ですから。
リ:共生ということばはあるけれど、まだ一般化はしていないようだね。
立:AI化が進んでいけば、じぶんがじぶんを生きる以外はない、ということが残ります。
リ:テクノロジーの進歩に人間の思想が追いついていないのか。
立:リックライダーさんにあやかって Empathetic Practicing Aidの構想を実現しようとしています。
リ:それはいい。そうやって具体化するまで、気づかないことばかりだよ。
立:また60年後にはどうなっているか、お話したいです。
リ:120年生きる人も出てくると、なんて言うのかね。
立:あぁ、耳順の倍ですか?
リ:そう。それはなんでもいいんだけど。とにかく、共生の進化をみてみたいもの。

出典・参照:J.C.R.Licklider『Man-Computer Symbiosis』、以下のエンパレットなど

発明は必要の母 ③(エンパシームアプリの母)

未来はじぶんでつくる [アラン・ケイ博士に会える場所]

考えを発明する① コンピュータという思想

Fun to Imagine (7) [想像の行為がどこでもドアをつくる]

共に生きる:花とミツバチの相互アフォーダンスのように

“>天然資源のアナロジー(出し入れする声セリフこそ)