Empathemian, Mountain View, California

Fun to Imagine.(想像は、たのしい)

週末の朝。
地元の農産物、畜産物の直売市場。
数多くのテントが並び、行き交う人々でにぎわいます。

お店はどれぐらいあるのだろう?
これだけあると、ふと、知りたくなります。

歩きながら、かぞえてみれば、わかるはずです。
ただ、人と話をしながら、かぞえることはできるのでしょうか?

別の言い方をしてみます。
頭で数をかぞえながら、人と話をすることはできますか?

リチャード・ファインマン博士は、学生時代にこんな発見をしました。(*注1)

かぞえながら話はできない。
ただし、同時に文字を読むことはできる。

あれこれとじぶんで実験してみて、たどりついた結論です。
ところが、友人の見解は違いました。

かぞえながら話すことはできる。
ただし、同時に文字を読むことはできない。

彼もまた、じぶんで実験して、確信した結論だと言います。

Empathemian, Evanston, Illionis

実は、頭の中でかぞえるという時、ふたりのかぞえ方はちがっていました。

ファインマン博士は、数を耳で聞くようにカウントしていました。
一方、友人は、数を目で見るように、思い浮かべてカウントしていました。

人間の脳は、いろいろなことを同時にこなすことができます。
でも、どうやら、制約があるようです。
こんなふうに言えそうです。

話しながら、それに重ねて、話すことはできない。
読みながら、それに重ねて、読むことはできない。

前者は、聴覚系(運動系)の機能。
後者は、視覚系(知覚系)の機能。

おなじ系統の機能は、同時には使えない。
そのかわり、別系統の機能は、同時に並行して使える。

できないことに気づくことで、自然に備わっている力に気づくことができます。

Empathemian, Sanborn Stuart Trail, Saratoga

想像するとは、目に見えないものを思い浮かべること。
手に触れていないもの、かたちのないものに、形を与えること。

私たちは、ことばをつかって想像することができます。
頭の中は、じぶんでも気づかないうちに、想像しています。
ことばを使っていること自体が、想像を生きていることです。

人間は、「自然の想像力」を生きている。
想像しながら生きている。
それは、自然が発揮する想像力を、じぶんの身心で、体現することです。

共感する原子

包む世界全体が魂

想像を声にする旅

共感の精錬(フォトエッセイシリーズ)

出典・参照:リチャード・ファインマン『困ります、ファインマン先生』

(*注1)Fun to Imagine With Richard Feynman(Youtube動画)

(このエピソードはビデオのいちばん最後の方、1時間ぐらいのところに出てきます。エンパシームアプリからご覧になる時は、エンパレット右上のアイコンを押してウェブページを開いてください)

ファインマン博士は、原子がプルプルと身ぶるいしながら、隣とぶつりかりあう様子をまねるかのように、身ぶり手ぶりを交えて、軽妙に語ります。
絶えず、こみあげてくるかのような笑顔が、「サイエンスは想像」だと語ります。そのことを想像することもまた、想像のたのしみです。