Empathemian『ふりかえる』

ふりかえる。首を後ろにむけ、何かをみて、また歩き続ける。後ろをふりかえるとは、前を向いて歩むこと。

「過去をふりかえる」と言います。 いつ、なにをしたか、という形式で、ふりかえります。ふりかえる過去のできごとのひとつひとつは、すべて消え去り、もはやどこにもありません。

昨日、たべたイチゴの美味は、舌の上にも、鼻の先にも、もうどこにも、ありません。でも、思い出す「形式」をもつことで、もういちど、あじわえる。ふりかえる時、ふりかえる場の対象を「過去」と呼んでいるのですね。

過去は「形式」です。未来も「形式」です。そういう枠組にあてはめるから、思い出したり、思い浮かべたりできる。

ふりかえる。それは、味わうこと。噛みしめること。抱きしめること。ここに、いま、湧き上がらせること。

ふりかえって、みえるものは、未知の世界。
じぶんが、つながっている時間、空間。


ジュール・シュペルヴィエルの詩の一節より。

「その馬は振り向いて、誰も見たことのないものを見た。そしてその馬は、ユーカリの陰で草を食み続けた。それは人でもなく木でもなく、雌馬でもなかった。木のしげみをざわめかせた風の名残でもなかった。それはもう一匹の馬が、その馬の 2 万世紀前に、突然振り返って、この時刻に見たものであった。そしてそれは、地表が腕もなく脚もなく頭部もない彫像の残骸でしかなくなるまで、人間も馬も魚も昆虫も、誰も見ることがないものであった。」


わたしたちは、つながった世界に生きている。
空間も、時間も、つながっている。


出典:ジュール・シュペルヴィエル『引力』「運動」