Empathemian, Wunderlch County Park Trail, California

佐伯胖さんは、保育とは、従来の定義である「子どもをケアすること」ではなく、「子どもがケアする世界」をケアすることだと説きます。「子どもをケアする」という「上から目線」に聞こえるような一方的な行為ではありません。相互的なかかわり、共感的なかかわりです。相手に対して「共感しよう」という姿勢で関わることなのだ、と。

「共感とは、自分自身を空っぽにして、そっくりまるごと、相手の中にはいってしまうことです。相手が見ているモノ・コトを、相手の立場と視点から見て、相手のふるまいに、自分自身もそうしないではいられなくなり、思わず自分もそのように「ふるまいそうになる」ことです。

このように説明すると、現場の保育者からは、「それなら、ふだんからやっている」とか、「子どもが砂場や滑り台で楽しく遊んでいるときに、同じように楽しくなって一緒に遊ぶことですね」などと言われます。もちろん、それに対しては「そうではない」とはっきり言うことはできませんが、「共感」の原点は、他者の苦しみを慮る(おもんばかる)ことです。たとえば、滑り台で遊んでいる一部の子どもたちに、楽しげに加わって「一緒に楽しんでいる」保育者を、離れたところでさびしげなまなざしで見ている子どもが「自分はかまってもらえない」ことの寂しさをかみしめていることに「おもんばかる」思いがあるかどうか。」

共感は、情感こみの知。
 (その人が醸し出す、言葉に表せない、背後にある叫びに、注意深く関わり、感じ取れる力)

これは保育だけはなく、人間の学び、社会のあり方、あるゆる活動に関わる根源的な視点・姿勢ですね。

「じぶんをケアする世界」をケアする。
「相手をケアする世界」をケアする。

出典:佐伯胖『子どもがケアする世界』をケアする、エンパレット「Caringは共感のことば」