Empathemian, Grinnell, Iowa

外山滋比古さんは、「忘却の効用」について説きます。

「知識と思考の量は反比例する。知識がありすぎると、考えない。また、創造力に欠ける。われわれは、情報過多で知的メタボになっている。

物事に時間をかけるのは、忘却の働きを促すということ。それが不要、不純、余計なものを洗い流す。

忘れて忘れて、忘れきれなかったものが思い出。

かつての漢文の学習は素読という独自の方法によった。先生や師が音読するのを弟子がその通り誦する。何年もして、ようやく、おぼろげな意味を頭に描くようになる。理解と忘却を繰り返して、意味がはっきりするようになる。教えられるのではなく、自分で考え出した意味である。

読書百遍、意自ずから通ずと言った。ふつう、100回、なんども読むという点が注目されるけれども、一回一回の間に空白があることは注意されない。その空白は頭の整理をする忘却のためにある。立て続けに何度も読んだのでは、意自ずから通ず、とはならない。休み休み反復によって、頭は教えられないことを発見する。」

忘却は人間の自由な思考、自由そのものの道を拓くもの。人間はつねに、知識、感情、欲望、利害などに縛られている。それを取り除かない限り、人間は自由になれないが、その呪縛を解き放つのが他ならぬ忘却である。忘却なくして自由は存在しないように思われる。」

「忘れることはいけないこと」のように感じていませんか?
じつは、覚えるためには、忘れる必要があります。
どんなことでも、いっぱいになってしまうとそれ以上、入らなくなります。
「学ぶ」と「忘れる」はセットなのです。忘れることによって大切なものが残ります。

毎日の眠りも、ノンレム睡眠といわれる深い眠りは、記憶を整理する働きをしています。
記憶をつかさどる「海馬」にも容量が限られています。
実は、一度、眠らないと、記憶はされないのです。

忘れるから学べる。
忘れると学ぶは、ひとつの循環なのです。

Let it go.忘れてよい。


出典・参照:外山滋比古「忘却の効用」、Matthew Walker『Why we sleep』