Empathemian, Menlo Park, California

一枚の葉っぱが手に入ったら、宇宙全体が手に入ります。

日本画家・小倉遊亀(ゆき)が大切にしたことば。
師・安田靫彦(ゆきひこ)の座右の銘。

小倉さんは言います。
「見た感じを逃さないように心掛けて行けば、その都度違う表現となって、いつの間にか一枚の葉っぱが手に入りますよ。そして、一枚の葉っぱが手に入ったら、宇宙全体が手に入ります。

「絵を描くことは坐禅と同じ、対象に宿る美しさを発見するためには、無心に物を見る態度を養わなければならない。」

こんなふうに、無心にものを見る姿勢を身につけられたらー。

私たちの日常にも、必ず、微かな発見が必ずあるはずです。でも、なかなか見えてきません。
無心にって、どういうことなのでょう?

一枚の葉っぱの相手に、じぶんがなること。

きっと、物事の「原因と結果」とか、「目的と手段」という部分ではなく、それらをぜんぶをひっくるめた、包み込む世界に、親しむこと、浸ること。

いえ、そんな理屈は、忘れて、夢中になることです。

じぶんもまた、一枚の風景になってしまうこと。

参照:小倉遊亀『梅のように生きたい』岩田慶治『<わたし>とは何だろう』