
Success does not exist. We call it success. (成功というものがあるのではない。起きたことをそう呼ぶだけ)
成功した人の話を聞く機会があります。
何を考え、何をして、どんな困難を乗り越えたのか。「成功の秘訣」を聞いて、じぶんにも役立てようとします。
でも、話を聞いたからといって、その人の経験がじぶんのものになるわけではありません。
他人の経験を、じぶんの脳にインストールすることはできません。聞いているのは、その人の経験そのものではなく、経験について語られたことばです。
ところが、ことばになると、不思議なことが起きます。
⚪︎成功する
⚪︎成功を手に入れる
⚪︎成功の秘訣を学ぶ
⚪︎成功を再現する
どれも、ごくふつうに使うことばです。
こうして話していると、「成功」という何かがあって、それを手に入れたり、じぶんでもそれができるような気がしてきます。
では、その「成功」は、どこにあるのでしょう。
どこにもありません。
その人の頭の中に、「はい、これが私の成功です」という形で、ひとまとまりになって収まっているわけでもありません。
その人が実際にしたことがあります。何度も試したこと、失敗したこと、続けたこと、やめたこと、出会った人、置かれた環境、たまたま起きたことがあります。それぞれは、その時々に起きた出来事です。
そして、いま成功談を聞いている私たちの前に実際にあるのは、その人が語っていることばであり、その人が発している声です。
そのことばによって、過去のさまざまな出来事が結びつけられ、「成功」というひとつの話になります。
「成功」というものが先にあって、その人がそれを手に入れたのではありません。さまざまな出来事に「成功」という名前をつけ、ことばによって、ひとつのもののように語ることができるのです。
つまり、起きたことに、後から「成功」という名前をつけ、それが語られる時の、ことばであり、それを聞いた時に思い浮かべる漠然としたイメージのことなのです。
It’s not a thing.(それは、ものではない)
私たちは、無数にある出来事を、そのまま一つひとつ扱うことはできません。似たものをまとめ、違いを省き、名前をつけます。
名前があるから、目の前にないことについて考えることができます。過去の出来事も、まだ起きていない未来のことも、人と話し、共有できます。
ことばには、そこにないものを、そこにあるかのように扱える力があります。これは、人間にとって欠かせない力です。
その一方で、困ったことも起きます。
ことばとして「ある」ことと、実際に「ある」ことを、取り違えてしまうのです。
「練習」もそうです。
「昨日、練習した?」
「やったよ、ちゃんと。」
そう答えれば、「練習した」ということになります。
でも、実際には何をしたのでしょう。
キャッチボールをした。けれど、投げたボールは一度も相手に届かなかった。それでも「キャッチボールの練習をした」と言えます。
「練習」ということばは、いろいろな行為をひとまとめにできます。
何もしなかった日でさえ、「今日は練習しなかった」「やらなかった練習」と言えます。でも、しなかった練習は、練習ではありません。
身体を動かさなければ、身体には残りません。声を出さなければ、声には残りません。
ことばの上では「ある」。でも、実際には「ない」。
このズレは、「習得」「継続」「習慣化」「集中力」「自信」「幸福」といったことばにも起こります。
「習得した」と言えば、何かを手に入れたように聞こえる。
「継続力がある」と言えば、その人の中に「継続力」という力があるように聞こえる。
「習慣化できた」と言えば、「習慣化」という何かが完成したように聞こえる。
名前がつくと、ひとつの「もの」のように見えてきます。
でも、名前が見せているものと、実際に起きていることは同じではありません。

Wind does not blow. What blows is wind. (風は吹かない。吹いていることを、風と呼ぶ。)
では、こうしたことばを使わなければよいのでしょうか。
そうではありません。
定義することができます。
⚫︎「プラクティス」とは、何をすることなのか。
⚫︎「継続」とは、どういう状態をそう呼ぶのか。
⚫︎「習得した」とは、何ができるようになったことなのか。
名前を、行為や状態に戻してみます。
たとえば、「毎日、手本の声を聞き、じぶんの声で再現し、それを比べて確かめる」と定めれば、「英語を練習した」というだけでは見えなかったことが見えてきます。
したことには、証があります。
していないことには、証がありません。
抽象的なことばが、ひとりで歩きはじめたら、こう言ってみます。
There is no such thing. (そんなものはない)
そのことばを捨てるのではありません。
「もの」だと思うのを、いったんやめるのです。
そして、問いを変えます。
それは、どういう状態のこと?
実際に、何をしたの?
何ができるようになったら、そう呼べるの?
名前から、実際に起きていることへ戻る。
ことばは、まだ起きていないことも、すでにあるように語ることができます。
でも、じぶんをつくるのは、ことばではなく、実際にしたことです。
だから、ときどき、ことばをひっくり返してみます。
There is no next time until you do it.(次回というものはない。次にするまでは。)
There is no “habit.” There is what you do every day. (習慣化というものはない。毎日することがあるだけ)
作(文・挿絵・声に出すことば・声):坂口立考
出典・参照:以下のエンパレットノートなど
暗黙の前提を入れ替える原理|Unlearning シリーズ(7回)
⚫︎話は逆です(結果を原因と思い込むクセ)|Unlearning ①
⚫︎答えは内側にある(答えを外に探すクセ)|Unlearning ②
⚫︎〇〇なんてものはない(概念を実体だと思い込むクセ)|Unlearning ③
⚫︎ 引き算せよ(足りないから足すと思い込むクセ)|Unlearning ④
⚫︎ おかげさまです(自分だけが原因だと思い込むクセ)|Unlearning ⑤
⚫︎ トライするから変わる(やる前に結論を決めつけるクセ)|Unlearning ⑥
⚫︎ だったかもしれない(ひとつの見方に決めつけるクセ)|Unlearning ⑦
