英語学習から、なぜ「プラクティス」が抜け落ちるのか
身につけるための原因をつくっていない

1.「解決策」が、解決していない
そのたびに、多くの「解決策」が示されます。単語を増やせ。発音を学べ。もっと英語を聞け。シャドーイングをせよ。実践的な英会話だ。短期留学で体験。AI英会話が便利。英語コーチングなら続けられる。
なぜ聞き取れないのか。その原因についても、いろいろな説明があります。日本人はカタカナ英語だから。単語が足りないから。発音が悪いから。アウトプットが足りないから。練習量が足りないから。そしてまた、「○○が足りない。だから、これをやればよい」という〈不足と処方〉が示されます。
しかし、ここでしっかりと考えてみる必要があります。
その「解決策」は、何を解決しているのか?
本人が、その場で相手のことばを聞き取れない。その時、本人の中では何が起きているのか?
何ができていて、何ができていないのか?
そして、その働きそのものを育てるプラクティスを、私たちはしてきたのか?
私たちが問うべきは、「そもそも、何を解決しなければならないのか」です。
聞くとは何か。ことばを身につけるとは何か。そのために、何をプラクティスしなければならないのか。
2.「聞く」は、リアルタイムの働き
ことばを聞く働きは、0.1秒単位で進みます。あとから考えて埋め合わせることはできません。その瞬間に音を捉え、保ち、次の音につなぐ。リアルタイムの力には、ごまかしがききません。
単語を知っていることと、その単語を流れる音の中からリアルタイムに捉えられることは同じではありません。文法を知っていることと、相手のことばをその速さのまま受け取れることも同じではありません。
ところが、この土台となる働きそのものを確かめないまま、知識や方法が足し続けられます。
解決策がないのではありません。解決策と呼ばれるものは、むしろあふれています。それでも「読めばわかるのに、聞こえない」という問題が残り続ける。
肝心な原因が、解決の対象になっていないからです。
3. First Things First|土台を飛ばして、ことばは身につけられない


その原因となる力は、どのようにして育つのでしょうか。
人はみな、耳から入る声で母語を身につけます。文字や文法からではありません。何語であれ、例外はありません。
耳から入ってくる音を聞き、じぶんの内側で再現し、声にしてまねます。何度もくり返しながら、音と意味を結びつけ、ことばを脳と身体に刻んでいきます。その土台の上に、やがて読み書きが育ちます。
First Things First.(物事には順序がある。土台なしには身につけられない)
歩ける前に走れないように、ことばにも身につける順番があります。これは、単なる学習のコツではありません。土台を飛ばして、その上にある力だけを身につけることはできないという絶対原則です。
まず、聞く。まねる。声にする。確かめる。耳から声への小さな循環をくり返し、リアルタイムに音を認知し、再現する土台をつくる。その上で初めて、読み書きが身につきます。
ところが、日本の英語学習では、この順番が逆転しています。読み、書き、単語や文法を学び、テストで確かめる。そこで育つ力と、耳から入った音をリアルタイムに認知し、再現する力は、同じものではありません。
これまで、その土台を育て、確かめるための方法やしくみがほとんどありませんでした。そのため、読み書きや知識を身につけることと、聞いてわかる力を身につけることが混同され、英語を学んでいれば、やがて聞けるようにもなるという誤解が生まれてきました。
4. 同じようにまねられない音は、聞こえない

横軸は、TOEIC、CEFR、IELTSなど、これまで英語力を測るために使われてきた総合英語テストのスコアです。語彙、文法、読み書きなどを含む、従来の「英語力」のものさしと言えます。
縦軸は、英語耳°。エンパシーム上で、聞いた音をその場で認知し、記憶し、じぶんの声としてどれだけ再現できるかを、プラクティスを通して捉えたリアルタイム音声認知・記憶・再現力です。点は、それぞれの人の現時点での再現力を表しています。
英語を聞いているその瞬間、脳ではリアルタイムの処理が働いています。耳から入ってくる音を捉えるボトムアップの処理と、ことばや意味、場面のイメージなどを使って音を捉えるトップダウンの処理です。それらをワーキングメモリ上で結びつけながら、流れていく音を瞬時に処理しています。英語耳°でいうリアルタイムの力は、この働きを指しています。
ここで大切なのは、横軸と縦軸が、別の力を表していることです。総合英語テストのスコアが高くても、英語耳°が高いとは限りません。総合英語テストのスコアが高くても、英語耳°が低い人がいます。反対に、まだ英語の知識が多くなくても、耳から声へのプラクティスを重ねることで、英語耳°は育っていきます。赤い点は、そのプラクティスによって縦軸の力を育てている人たちです。
母語では、そもそもこの順序が逆にはなりません。ネイティブの子どもは、語彙や読み書きの知識がまだ少ない幼児のうちから、日常のことばを聞き、まね、声として再現する力を身につけています。図の上部に示した「ネイティブ幼児」は、そのことを表しています。縦軸の力が先に育ち、その土台の上に、語彙や知識、読み書きが積み上がっていきます。
日本の英語学習では、横軸を伸ばすことが中心になってきました。そのため、テストの点数が上がっても、縦軸の力が同じように育つとは限りません。文章ならわかる。単語も知っている。文法もわかる。それでも、同じことばを相手が話すと捉えられない。これは単純に「英語力が足りない」という話ではありません。
横軸の続きをやるのではなく、抜けていた縦軸を育てる。
英語を聞いているその瞬間、脳ではリアルタイムの処理が働いています。耳から入ってくる音を捉えるボトムアップの処理と、ことばや意味、場面のイメージなどを使って音を捉えるトップダウンの処理です。それらをワーキングメモリ上で結びつけながら、流れていく音を瞬時に処理しています。英語耳°が捉えようとしているのは、こうしたリアルタイムの働きです。
5. 見えない「聞こえ方」を、声からたどる
⚫︎ 見えないから、育てられない
なぜ、この状態が長く残るのでしょうか。
大きな理由のひとつは、聞こえ方が見えないことです。話した声なら録音でき、発音を採点したり、文章を書き起こしたりすることもできます。しかし、本人にどのように聞こえ、何が聞こえなかったのかは、そのままでは見えません。
本人にも、どの音が聞こえず、どこで処理が遅れ、聞いた音がどのように日本語の音へ置き換わっているのかは、なかなかわかりません。周囲からも見えません。
自分から話す時なら、知っている単語を選び、言い換え、身振りを使い、時間をかけることもできます。つたなさやもどかしさは残っても、なんとか伝える余地はあります。しかし、相手のことばは待ってくれません。
肝心なところを聞き逃せば、会話や議論の前提そのものを失います。海外経験があり、英語を使って仕事をしている人でも、文脈から推測し、わかったように進めながら、重要な意味や相手の意図を取り逃していることがあります。
聞こえ方が見えない。だから原因を確かめられない。原因を確かめられないから、また「単語を増やす」「もっと聞く」「シャドーイングをする」といった処方に戻ります。じぶんでやってみて、残し、比べ、違いに気づき、その気づきから次の行為を起こす。その営みが抜けたまま、解決策だけが重ねられていく。ここに「プラクティスの空白」があります。

⚫︎ 聞こえ方を、声からたどる
聞く。まねる。えんじる。まず、お手本を何度も聞き、音とリズムを捉え、同じように声にしてまねます。ひととおり『まねる』を終えた数分後、今度はお手本なしで、先ほどのお手本のセリフを思い出して「えんじる」。音やリズム、ことばをじぶんの内側から想起し、声として再現します。その声を残し、手本や過去のじぶんと比べます。すると、それまで見えなかった違いがあらわれます。
「えんじる」には、思い出すことと、思い出したものを瞬時に声にすることの両方が必要です。「まねる」から「えんじる」まで数分あけることで、先ほどのセリフをじぶんで想起する必要が生まれます。数分前にまねたセリフを、お手本なしでどこまで想起し、どれだけ速やかに声として再現できるか。英語耳°トレイルでその時間も測ります。想起すること、それをすばやく声として再現することに負荷をかける。数分間、集中して、記憶したことを取り出し、声にする、認知と運動の働きを鍛えるトレーニングになります。
声には、聞こえ方の痕跡があらわれます。音を取り逃していれば、その音は再現されません。長さや強弱、リズムを違って受け取っていれば、その違いも声にあらわれます。日本語の音やリズムに引き寄せて聞いていれば、そのクセも再現された声に残ります。
だから、声は単なる「発音の結果」ではありません。何をどう聞き、記憶し、再現したのかをたどるための手がかりです。
外から間違いを教えられることと、じぶんで違いに気づくことは違います。手本とじぶんの声を比べ、前のじぶんとも比べる。そうすることで、何が聞こえ、何がまだ聞こえていないのかを、本人自身が少しずつ確かめられるようになります。
直接は見えない聞こえ方を、声にあらわれた違いと変化からたどる。そこから、じぶんで気づき、次のプラクティスを起こすことができます。
6. Unlearning|身につけるには、クセを減らす

英語の音を身につけることは、新しい音をただ取り入れていくことではありません。私たちの耳と声には、すでに日本語を膨大な回数、聞き、話してきた経験が刻まれています。
英語を聞いても、日本語の音やリズムで受け取り、いつもの口や舌の動きで再現してしまう。それは、長い年月をかけて身につけた母語の力であると同時に、英語をそのまま聞き、まねる時には、見えないクセにもなります。
もうひとつ、長く英語を「勉強」してきたことで身についたクセもあります。文字を見てから言う。意味や正解を先に求める。説明を聞いてわかったつもりになる。間違えないようにしてから声にする。こうしたクセが、聞いた音をその場で受け取り、まねて、じぶんの声として再現することを邪魔します。
だから、英語耳°のプラクティスは、足し算だけではありません。新しい音を「つみあげる」と同時に、日本語耳や長年の英語学習で身についたクセに気づき、少しずつ「つみへらす」。じぶんの声を残し、手本と比べ、違いに気づくたびに、身につけることを邪魔しているクセを減らしていきます。
新しい力が育つのを邪魔している、見えないクセを減らすこと。これを、Unlearningと呼びます。身につけたものを忘れたり、捨てたりすることではありません。すでにある力を活かしながら、邪魔になっているクセを少しずつ減らしていくことです。
7. プラクティスを、内側に育てる
知識や方法は、外から得ることができます。しかし、聞けるようになること、声として再現できるようになること、じぶんのクセに気づき、それを変えていくことは、本人の内側で起こります。結果を外から取り入れることはできません。変化を生む原因を、じぶんの内側につくる必要があります。
必要なのは、次の解決策を買い足すことではありません。聞く。まねる。声にする。残す。比べる。気づく。そして、もう一度やってみる。その循環を毎日くり返し、リアルタイム音声認知・再現力を脳と身体の働きとして育てていくことです。
じぶんでやる。残す。見る。気づく。またやる。この循環を、気合いや根性に頼らず、毎日の実践として回す。その「しくみ」がSelf-Agencyです。
エンパシームは、こうした日々の営みを残し、あとからたどれるようにします。じぶんで気づき、その気づきに人がよりそえるようにする。英語耳°トレイルは、そのしくみを英語で実践し、やがてじぶんでプラクティスを回せるようになるまでを支えます。
⚫︎ 英語耳°という、もうひとつのものさし
従来のものさし、つまり学校や世間一般の英語学習・教育は、できる・できないを外から測り、評価し、仕分けるために使われてきました。しかし、実際にやっている本人の身になれば、話は逆です。
英語耳°(リアルタイムの音声認知・再現力)というものさしは、「聞く」ということの本質を、「まねられないことは、聞き取れない」という現実にあらわれる形でとらえる、だれにも共通するものさしです。
「まねる」とは、単に同じ音を口にするだけの表面的なことではありません。聞いた音を受け取り、記憶し、その音を内側で再現し、じぶんの声として再現する。そこでは、記憶・再現・発声の運動が一体となって働いています。母語では、幼い頃から、聞いて、まねて、声にするという音の出し入れを、何億という膨大な回数をくりかえし、この土台をつくりあげています。ところが外国語では、その蓄積がほとんどないところから始めます。
この土台をまったくつくらないまま、単語や文法を覚え、教材や方法をいくら増やしても、リアルタイムで音を認知し、再現する力の代わりにはなりません。ただ英語をやっていれば、いつか聞こえるようになるわけではないのです。同じようにまねられない音は、決して聞き取れません。だからこそ、その力そのものをプラクティスする必要があります。
英語耳°という共通のものさしを使うのは、人を評価したり、仕分けたりするためではありません。その人がどんなふうに聞き、まね、声にし、どんなふうにプラクティスしてきたかを、本人にとって意味のある形で、鏡のように映し出すためです。本人がそこに気づいた時、周囲もそこへよりそえるようになります。
そこにあらわれるものは、十人十色です。点数をつけて人と比べるのではなく、じぶんのプラクティスが、じぶんの内側に何を育てているのかを、本人にわかるようにあらわす。その積み重ねが、その人にとって大切な「証」になります。

⚫︎ ごまかしのきかない、本当の力を内側に育てる
そして、この力が土台にあるからこそ、ことばの知識を楽に取り入れ、使えるようになります。これは英語に特別な話ではありません。あなたの日本語耳も、同じようにして育ってきました。幼い頃から、聞いて、まねて、声にすることを膨大にくり返し、その力を身につけています。だから、聞こえていないことを聞こえたフリをして、ごまかす必要がありません。その力によって、新しいことばや表現を次々に取り入れ、知識としてつくりあげることができます。
では、何億回もの音の出し入れをして育てた日本語耳と同じようなことを、いまから英語でできるのでしょうか。
することは同じです。ネイティブの幼児がことばを身につけたのと同じように、短いフレーズを聞き、まねて、じぶんの声として再現し、それをくり返す。抜けていた基礎を、そこからつくっていきます。
ネイティブのようになれるのか? この問いはずれています。めざしているのはそこではありません。相手のことばを、その場で聞いてわかる。じぶんが伝えたいことを、じぶんの声で相手に伝える。そのために必要な、リアルタイムの音声認知・再現力を育てることです。
そのための英語耳°は、いまからでも育てることができます。これまでできなかったのではありません。そのためのプラクティスを、していなかったのです。ならば、いまからそのプラクティスをすればよい。
⚫︎ プラクティスの中で、脳と身体を鍛える

プラクティスは、トレーニングよりも大きな土台です。じぶんでやり、残し、ふりかえり、またやってみる。その循環があるからこそ、いまのじぶんに必要なところへ負荷をかけて鍛えることができます。
英語耳°トレイルでは、そのプラクティスの中に、数分間、集中して脳と身体を鍛えるトレーニングを組み込みます。やみくもに反復するのではなく、じぶんの声にあらわれた違いを手がかりに、練習のしかたを変え、もう一度試す。そのくり返しによって、リアルタイムの音声認知・再現力を育てます。
では、どこに着目し、どのように練習すれば、その力をより効果的に鍛えられるのか。7つの練習の視点にまとめました。
⚫︎ プラクティスを身につけるプラクティス|Build the Practice Within
英語耳°トレイルは、ごまかしのきかないリアルタイムの音声認知・再現力を実際に育てる、そのプラクティスそのものが、SARUFを身につける場になります。
英語耳°が育っていく過程には、その人が実際にプラクティスしてきた「証」があらわれます。それは全員一律の点数ではありません。その人が何を、どんなふうにやり、気づき、続けてきたか。その人のプラクティスの姿勢や仕方、コンテクストを映した、その人自身の証です。
じぶんの内側に原因をつくる。見えないクセを減らす。未知のじぶんへ向かう。うまくいかない時にも戻って、また続ける。そうした力を先に身につけてから英語耳°を育てるのではありません。英語耳°という、ごまかしのきかない具体的な力を育てるプラクティスそのものが、こうした力を内側に育てていきます。
じぶんの声と耳(言う・聞く)、手と目(書く・見る)を使い、いつでも立ち戻れる「ことば」を定着させる。すると、プラクティスすること自体が楽しくなってきます。
英語耳°トレイルは、英語を身につけるプラクティスであると同時に、「プラクティスを身につけるプラクティス」です。では、じぶんの内側に、プラクティスの土台としくみをどう育てていくのか。ぜひ、次のエンパレットノートもごらんください。

