Empathemian, Sunnyvale, California

人は何のために生きるのか?

どこから、どう考えてよいものか。などと考えている間にも、「生きている」という状態は、刻々と進みます。だからあまり考えても仕方ない、という意味ではありません。「生きること」について、世の中には数えきれないほどの本や記事があります。でも、じぶんをしっかり導き、ガイドしてくれることばはどこにありますか?

メーテルリンクの童話『青い鳥』で、兄妹チルチルとミチルは、夢の中で、青い鳥を探しに行きます。過去の国にも未来の国にも、どこにも、その青い鳥は見つかりません。ところが、家に戻ってみると、青い鳥は、いちばん身近な、鳥カゴの中にいました。

青い鳥は「幸せ」の象徴でした。求めるものはどこにある?それは、どこか遠いところではなく、いちばん身近な存在、じぶんの中にあるというのです。

「生きる目的は何か?」という質問形にすると、どこかに答えがあり、それを求めて探さなければいけないような気になります。カントは明快にこう言います。

「人間は何のために(何の目的で) 存在するのか」という問いは、そもそも無意味である。

問いの立て方が違う、というのです。カントは「じぶん自身の中に、いちばん大切な目的があるのだから、何の目的で生きるのかという、存在しない設問を立てて悩んだり、迷ってはいけない」と言います。

心から希う思いが生まれる時。その希いに目的地や、目標となる行き先があるのではありません。希いそのものが、そのまま、目的地なのです。

目的は、ねがいの中にある。

出典:モーリス・メーテルリンク『青い鳥』、エマニュエル・カント『道徳形而上学の基礎づけ』