大理石になった空|ことばを移すと体験が生まれる②
「空の色が濁りました。」夏目漱石の『三四郎』の一場面です。透き通る藍が薄くなり、その上に白い雲が鈍く重なり、乳白、灰青、薄黄が溶けあう。「濁った空」は、光の散乱によって実際に起こりうる空の姿でもあります。けれども、三四郎はその空を以前にも見ていました。変わったのは、空ではありません。「濁る」ということばを得たのです。
Words seed your view.(ことばが、見方のタネをまく)
「空の色が濁りました。」夏目漱石の『三四郎』の一場面です。透き通る藍が薄くなり、その上に白い雲が鈍く重なり、乳白、灰青、薄黄が溶けあう。「濁った空」は、光の散乱によって実際に起こりうる空の姿でもあります。けれども、三四郎はその空を以前にも見ていました。変わったのは、空ではありません。「濁る」ということばを得たのです。
Words seed your view.(ことばが、見方のタネをまく)
雨になった足。海になったスニーカー。ことばを移すと、見え方が変わります。「こどもの頃、雨が降って水たまりが洪水になると、それだけで高揚した。長靴をはいて水たまりに入ると、それだけで興奮した。夢中の果て、長靴の中も海になった。あの感覚が蘇える。」両足と豪雨、スニーカーと大海。別々のものが重なる時、新しい経験が生まれます。
Words seed your view.(ことばが、見方のタネをまく)
うれしい朝、眠たい海、気持ちよさそうな舟。心をうつすことば、ことばに映る心。私たちは、気づかぬうちに、心をうつしています。やわらいだ気持ちでつむぎだすことばに、じぶんの無意識が写ります。心は、ことばにうつして、ふれるもの。いいえ、それだけではありません。ことばをわかちあって、みんなで心をうつしあうことができます。
Happy morning, still sleepy sea.(うれしい朝、ねむたい海)