エンパシームへの路(2)

声のことばが、希いになる
実は、私には長い間、じぶんでも気づいていなかった「希い」がありました。

20歳の時、父が病気で不随になり、声を発することができなくなりました。私は無力感に苛まれながらも、父が他界するまでの5年間、「ひらがな文字盤」を使い、手と息とまなざしで、ふれあうことを学びました。これが「エンパシーム」の原点です。

そのことに気づいたのは、10年前に、姉が急逝したことです。開発した新しいスマホを世に出す間に、いちばん身近で大切な人が、突然、消えてしまいました。
当時私は、ネットスマホ社会の「希いの場」という意味あいをこめ、スマホを生み出す土台、その商品シリーズに「エクスペリア」と名づけました。世界を奔走する日々を送りながら、エクスペリアの思いとは裏腹に、私は何ひとつ、姉の助けになることができませんでした。その喪失感と挫折感に苦しんだことで、私ははじめて「存在のありがたさ」に気づきました。

エンパシームへの路(1)

20年まえ私は、「ネット・スマホ」社会の黎明期の開発に関わりました。携帯電話・スマホの商品・技術開発、事業の責任者として、10年、グローバル企業の経営に従事しました。その後、8年にわたり、独自にエンパシームの研究開発、そのための発明特許取得、それを活かした「互恵協働の社会事業」の模索に専念してきました。

ここ至るまでには、多くの困難と失敗、葛藤がありました。また、多くの声援と激励、ご縁をいただいてきました。そして、エンパシームに携わり、日々、声のことばをじぶんにむけて放って、自分自身の使命に気づくようになりました。それは、この時代においてこそ、技術と日常の実践をしっかりと結んで、共感のつながる、あたらしい路をひらくことです。