What do you mean by that?(それ、どういうこと?)
ことばの意味は、ことばで説明し尽くすことはできません。
あれ?ちがうの?
と思いますよね。
ことばは、何かを表して、その意味を伝えるものでしょ、と。
ヴィトゲンシュタインは、こういいます。
Meaning of a word is in its use of the language.(ことばの意味は言語の使用にある)
ことばは、意味が先にあって、それを世界のものごとに対応づけるものではありません。
ことばは「世界の写像」ではないのです。
どのように使われるかによって、意味が(後から)できます。
言語は、人(相手)とふれあう時に交わされる、
身ぶり・手ぶり、声のふるえによる、身体行為・表現です。
どのように共有されるかによって、意味が生まれ、定着していきます。
ただし、定着といっても、時とともに、移り変わります。
それは共有のされ方が、つまり、人が生きてふれあう世界自体が、たえず変化していくからです。
それにしても、「ことばの意味をことばによって説明することができない」というのは、
なんか不思議ですよね。
説明できない、つまり、論理的に記述できないのは、なぜでしょうか?
たとえば、「おいしい」ということば。
「おいしい」って何?
辞書をひけば、ことばの説明は出てきます。
でもそれは、その説明によってイメージが浮かんだだけ。
大体わかった(気になる)だけです。
読んでもピンと来ないこともありますよね。
おいしい、ということばは、だれにも体験があるから、わかりやすいですね。
一方、想像できないことは、わかりようがありません。
何らかの体験を通して、そのことばに触れていることで、慣れるわけです。
ことばの意味を、ことばで、100%説明しようとしても、キリがありません。
論理的に説明を記述できる、ということは、すべてが厳密に定義されなくてはなりませんが、それは不可能です。
ひとつのことばを辞書でひいても、説明する別のことばの説明が必要になります。
たとえば、こんな堂々めぐりにもなりかねません。
・石とは何か?小さな岩のこと。岩とは何か?大きな石のこと。(え?)
・土砂崩れとは何か?土や砂が崩れてくること。(うーん)
ヴィトゲンシュタインは、「ことばは世界を正確に写す道具ではなく言語ゲームである」と言いました。
言語ゲームの「ゲーム」とは、決まったルールに従ってやりとりする、
という意味ではなく、ルールは決まっていない、という意味です。
はじめから、決まった意味、ルールが与えられているのではなく、そのゲームによって後からできてくる、ということなのです。
そうです、話は逆だったのです!
出典・参照:ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』『青色本』『哲学探究』、以下のエンパレットなど