I came up with an idea.
小学二年生の時、私は嬉々としてピアノのレッスンに通っていました。
先生が産休をとり、別の新しい先生に紹介されました。
そちらに通い始めたある日のことです。部屋で先生を待つ間、私はある計画を実行しました。
家のピアノでも試していたので大丈夫。成功を目に浮かべて、期待を膨らませました。
それは、ピアノの練習曲ではなく、先生を喜ばせる、あるアイディアでした。
ピアノの鍵盤「ドレミファソラシド」にひとつひとつ顔をつけるのです。
ある日、先生がピアノを弾く時の鍵盤のあがりさがりが、ドレミファソラシドという小人に見える「ひらめき」でした。
小さく丸く切り取った広告の裏紙に描いた8人の顔。鍵盤の上に並べ、そっとふたを締めます。
開ける瞬間の「驚き」を想像してうれしくなりました。
さあ、先生が現れました。ふたをパッと開けた瞬間に!ひらひらと何枚かが舞い上がりました。
「なによ、これー!」
家の予行演習では、吹き飛ばなかったのです。
先生の開け方で風が舞い起こり、8人は飛び散りました。
床に落ちた顔と、鍵盤上に残った顔。先生は、それらを指先でつまみ、ゴミ箱にポイと捨てました。
予想外のレッスンでした。喜ばすどころではありませんでした。
現場想定ができていませんでした。前の先生だったら?もう一度トライしたい気になりました。
もう、50年近く前のことです。ピアノのレッスンは、その後、長くは続きませんでした。
が、いまでも「ピアノ」の調べが好きです。
いま、あの時の8人の顔を思い出してイラストしたところ、これ、8つのエンパシームみたいではないですか!
♪ドレミファソラシド。ゆっくり、 [いま] ができる。
あれは、8つのエンパシームをひとつに連ねて[いま]ができるという、インスピレーションだったんです。
Inspire imagination.
出典・参照:坂口立考『海の宮・エッセイ 8つの顔』