
So much fun!(なんて楽しいこと)
中国の古典『荘子』にこういう話があります。
荘子:魚が悠々と泳いでいる。あれが魚の楽しみだ。
恵子:君は魚でもないのに、どうしてわかる?
荘子:君は僕じゃないのに、僕が魚の楽しみをわかるかどうか、わからないだろう。
恵子:僕は君じゃないから君の心はわからない。でも君だって魚じゃないんだから、魚の楽しみはわからないだろう。
荘子:話の原点に戻ろうよ。君が僕に「君にどうして魚の楽しみがわかるのか」ときいた時に、すでに君は、僕に魚の楽しみがわかっていると思って、僕に問いかけてきたんだよ。僕は橋から眺めて魚の楽しみを察したんだよ。
かつて、湯川秀樹博士は、この話を「知魚楽」と呼び、世界物理学会で紹介しました。
「私は科学者の一人であるにもかかわらず、恵子よりも荘子に強く共感する。」
荘子は魚の身に、湯川博士は、荘子の身になれる。
そのように私たちは、共感できます。
いわば、二重に共感を抱くことができます。
自然に備わった、目に見えないものを感じようとする力。
じぶんと結びつける力。
私たちには、もともと、察する力が備わっています。
ところが、その力が働かなくなることがあります。
「魚の気持ちなんか、わかるわけない。」
という思い込みが、先に心をふさいでしまうからです。
察するとは、理解することではありません。
心の中で、じぶんがその魚になってしまうことです。
日々の生活も、科学の探求も、基本は同じです。
湯川博士は語ります。
「小さな目に見えないものにも、できるだけ親しみを感じるように仕向けることが科学普及のひとつの眼目であろう。」
Open up your heart.(心をひらいて)
ふだんの生活の中で、小さなものに目をむけること。
見過ごしていたものに、少し近づいてみることです。
それだけで、察する力は動き始めます。
出典:参照: 荘子外篇・秋水篇『濠梁問答』、湯川秀樹『詩と科学』『目に見えないもの』、以下のエンパレットなど
