
I overcome my mental illness and create myself.(精神疾患を乗り越え、じぶんを創造する)
草間彌生さんは、あるインタビューで、こう言っています。
「あなたの仕事は、一種の art therapy なのか」
「It’s a self-therapy.(自己セラピー)です。」
なぜ、表現することが、セラピーになるのでしょう。
セラピー(therapy)の語源は、ギリシャ語の therapeia です。
もともとは、「世話をする」「ケアする」「仕える」「手当てする」という意味です。
セルフセラピーとは、じぶん自身をケアする営み。じぶんに働きかける営み、と捉えることができます。
敵を倒すことでも、悪いものを取り除くことでもありません。
そこにあるものに働きかけ、それとの関係を変えること。
私たちは、病気になると、「病気 → 治療 → 病気をなくす」と考えがちです。
しかし、起きてしまったことを、遡ってなかったことにはできません。苦しみのもとにあるものを、すべて取り除けるわけでもありません。
では、なくせないものと、どう生きるのか。
I translate the hallucinations and obsessional images that plague me into sculptures and paintings.(幻覚や強迫イメージを彫刻や絵画に移す)
草間さんは、幼いころから幻覚や強迫的なイメージに苦しんできました。
それを、描きました。
水玉にする。網にする。彫刻にする。空間いっぱいに広げる。
内側でじぶんを圧倒していたものが、外に表されます。
すると、それを見ることができます。触れることができます。また、そこに働きかけることができます。
消したのではありません。関係が変わっていったのです。
ここに、「克服」のヒントがあります。
Forget yourself. Become part of your environment.(じぶんを忘れ、まわりの一部になる)
水玉は、ひとつ、またひとつと、じぶんの外へ広がっていきます。
壁へ。床へ。身体へ。そして鏡の中へ。
じぶんの内側にあったものが、環境の一部になる。そして、じぶん自身も、その環境の中のひとつになります。
My life is a dot lost among thousands of others.(私の人生は、無数の水玉の中のひとつ)
じぶんだけで抱えていたものを、外に表す。
表したものを、じぶんが見る。
そこに働きかけ、また表す。
表現とは、一方向に「出す」ことではありません。
出したものが、じぶんに返ってくる。
鏡のように。
そのくり返しの中で、じぶんと、じぶんを苦しめるものとの関係が変わっていく。
克服とは、無理やりがんばって、何かを消し去ることではないのでしょう。無理やりでは、じぶんをすり減らしてしまいます。
You are not alone.(共にいるよ)
表現することで、じぶんから、そこに働きかけられるようになります。
表せば、それはもう、じぶんの内側だけにあるものではありません。
表現することで、じぶんから、そこに働きかけられるようになります。
これは芸術家やアーティストと呼ばれる特別な人にしかできないことではありません。
声にする。書く。描く。何かをつくる。
外に表せば、そこに新しい意味が生まれます。その意味が、またじぶんに返ってきます。
克服とは、何かをなくすことよりも、新しい意味を生み出しながら、じぶんと世界との関係をつくり直していくことです。
作(文・挿絵・声にだすことば・声):坂口立考
出典・参照:草間彌生インタビュー記事、以下のエンパレットノートなど
