
Only today matters.(大切なのは今日)
1000個、つくる。
1000回、やる。
1000日、続ける。
そんなにできっこない、続けられるはずがない。
できる人は、特別な人。
そんなふうに、思いますよね。
でも、本当にそうでしょうか?
毎日、何も考えずに、食べて、歩いて、歯も磨いて生活しています。
1000回は、それほど大きな数でもなさそうです。
よく考えてみると、
「1000個つくる」ということはありません。
あるのは、「1個つくる」です。
その1個が、つながっていくだけです。
「1000回やる」こともありません。
「1回やる」だけです。
その1回が、つながって、「1000回やった」になります。
いきなり、1000個も1000回もなく、「1回ずつ」があるだけです。
だから、「1000回できる人」もいません。
1回できる人が、結果的に「1000回やった人」になる。
後づけで、そうなるだけなのです。
I owe one strip a day.(毎日、ひとつお返しする)
チャールズ・シュルツは、50年間、ほぼ毎日『Peanuts』を描きました。
その数、17,897本。
「50年続けた」のではありません。
1日1本を、17,897回やったのです。
彼はこう言っています。
「大切なのは、今日することだけ」
n + 1
n:今朝まで
+1 : 今日する1回
これ以上、明快な秘訣はありません。(*注1)
しかし、そう言われても、どこか腑に落ちないですね?
+1をする日が、なぜか途切れてしまうから。
誰もが経験していること。
でも、それがいつで、なぜかが、よくわかりません。
何が起きているのでしょう?
それは「他のことをやっている」です。
単に「途切れてしまう」ではなく、他のことで埋めているのです。
他のことが、頭を占有している。
他のことが、行動を占有している。
ところが、そのことは伏せておいて、すぐ理由をつけてしまいがちです。
忙しかった。
つい忘れていた。
他にやることがあった。
じぶんを納得させる理屈をつけるクセ。
そうやって、やり過ごすことで、+1の復活が閉ざされてしまうのです。
シュルツさんは、こう言います。
(1) 毎日、借りをお返しする(読者に1本返す)
(2) 毎日、同じことをする(定型、同じキャラクター)
(3) 毎日、ひとつだけする(1日1本描く)
(4) 毎日、じぶんらしくある(毎日つくる人ーそれが私)
「意志の力」ではありません。それはすぐに減衰してしまいます。
では、意志ではなく、何に依るのか?
依存するのではなく、借りるのです。
文字どおり、借りる。
シュルツさんは:
読者という存在の「おかげ」で描いている—相手の力を借りています。(*注2)
「形式」「限定」—制約の力を借りています。(*注3)
じぶんに語ることば—声の力を借りています。(*注4)
借りたら、返す。
だから、(2) + (3) + (4) = (1)
私たちは、「続けること」は、じぶんの努力だと思っています。
ところが、周囲や相手の存在の力を、すでに借りていることには気づいていない。
じぶんひとりに閉じると、勝手な自己判断が入り込み、おのずと言い訳が生まれます。
他者にむけて心をひらくと、「おかげさま」の「借りを返す」という行為だけが残ります。
「じぶんひとりでやっているのではない」—そう思えた時、n + 1が途切れることはありません。
借りていることに気づけば、形式の力も、声の力も借りられる。
(2) + (3) + (4) = (1)
これが、1日ごとに回る。
だから、続く。
出典・参照:以下のエンパレットなど
(*注1) n回できているなら、次の1回 (n+1) もできる。これは「数学的帰納法」と呼ばれる原理です。つまり、悩まなくても、原理的にそうなる、という自然の掟。大事なのは「1000回できるか?」ではなく、「今日1回できるか?」。帰納法 (induction)と呼ばれていますが、実際には 演繹 (deduction)です。nが成り立つなら、n+1も成り立つ。それでも、+1が途切れるのは、邪魔が現れるからです。自分自身の頭の中に、それを途切らせる「抵抗」があるから。その「抵抗値」を下げるには、(*注2)へ。
ひ、ふ、み。(いちばんシンプルな継続の秘訣)
1回ずつの6000回 [発想を入れ替えれば必ず続きます]
(*注2) シュルツさんは、聖書のことばをキャラクターに託しています。人は、ひとりで生きているのではない。仏教でも、身体は「借りているもの」、すべては縁起(つながり)の中にあると説きます。だから、意志の力で頑張る、訓練・修行で続けられる、のではありません。毎日ひとつ、借りを返す。それがプラクティスであり、結果はその後に生まれます。逆説的ですが、「続ける」という目的意識が、破綻を生みます。なぜなら、「続ける」は、行為ではないからです。常識では、「続ける」という概念を、行為と取り違えています。そのため「できる人は限られている」という誤解も生まれます。「続く」とは、借りを返すという行為の結果なのです。
このように言うと、「続くことは、必要条件ではあっても、十分条件ではないのではないか」と思うかもしれません。続けられるだけでは、すばらしい作品になるとは限らない、と。シュルツさんは『Peanuts』という世界中に愛される作品について、こう言っています。
Be yourself. No one can say you’re doing it wrong.(じぶんらしく。じぶん式でいい。だれもそのやり方が間違っているなんて言えないんだから)
Nobody’s perfect, Charlie Brown.(完璧な人間なんていないよ)
うまいか下手かではない。
やるか、やらないか。
いいえ、借りを返すか、返さないかです。
はじめからうまい人は、いません。
続くから、うまくなる。
じぶんらしさをつくる、唯一の必要条件。
ロケットだって、ひとりじゃない [気を楽に、身を軽く]
てつおさんの日課 One Deed a Day
(*注3) 気づいていなくても、私たちの脳は、無意識に膨大な情報を処理しています。数コマの枠の中に収まる絵とセリフのように、できるだけ減らすこと。ひとつに絞る。制約がないと、思考は際限なく広がってしまう。しかし、処理できる量には限界があある。だから、ミニマルな設定をすることで思考が可能になります。
じぶんのフレームをつくる・使う [思い込みに気づく]
(*注4) I am a doer. 「じぶんはする人」というIdentityの力。私たちの行動は、意志よりも「じぶんは何者か」という感覚に強く引き寄せられます。Identityは、行動をかたちづくる型のようなもの。だから、「やろう」と思うのではなく、「それをする人である」としてふるまうこと。それは、じぶんに語りかけることばです。
3歳の心にも響くことばは?
続けられるチカラ ① [時間がない?]
The Peanuts Complete(Wikipedia)
ソニーフィナンシャルグループ・Brand Book 『Be Yourself —Peanutsが教えてくれる、自分らしく生きるヒント』
