放てば手に満てり

誰もが難解だとする正法眼蔵。多くの解説書もあり、意味を知ることはできます。でも、それでは実感がわきません。実感は、じぶん発(原因)でも、じぶん着(目的)でもなく、そのわけへだてを放って、共感の心から物事に関わる気持ちなって、はじめて湧いてくるものです。正法眼蔵は「共感の世界」の中に生きていることに気づくことなのです。

Let it go.