
You become it.(じぶんがそれになる)
この絵を知っていますか。
ムンクの『叫び』です。
両手を耳にあて、口を大きく開けた人。
赤くうねる空。
ゆがんだ橋。
遠くを歩く二人の人影。
見ると、ふつうは、こう思います。
この人が叫んでいるのだ、と。
でも、実はそうではない。
そんな解説があります。
ムンクの日記によれば、彼が聞いたのは、じぶんの叫びではありませんでした。
自然を貫く、果てしない叫びでした。
なるほど。
それなら、この人は叫んでいるのではない。
世界の叫びを聞いているのだ。
そう思います。
でも、よくよく考えてみると、
その説明もまた、まだ途中なのかもしれません。
叫びを聞くとは、何でしょうか。
聞いたものは、耳の外にとどまりません。
音は、身体を震わせます。
空の赤は、胸の不安になります。
フィヨルドの黒は、心の底に沈みます。
外から来たものが、内側で鳴りはじめる。
すると、自然が叫んでいるのか。
その人が叫んでいるのか。
境目は、もうはっきりしません。
たしかに、これは「叫んでいる人の絵」ではない。
でも同時に、やはり「叫んでいる人の絵」でもある。
ただし、それは口から声を出している、という意味ではありません。
自然の叫びが、その人の身体に宿る。
その人の身体を通って、私たちにも聞こえてくる。
ムンクが描いたのは、叫びの主ではなく、
叫びに貫かれ、叫びになってしまう人間です。
聞いたものに、じぶんがなる。 共鳴とは、外の世界が、じぶんの内側で鳴りはじめることです。
その瞬間を描いたのです。
作(文・挿絵・声に出すことば):坂口立考
出典・参照:以下のエンパレットノートなど
Edvard Munch
