Empathemian『新渡戸稲造・修養』

新渡戸稲造は、このように説いています。

修養とは、「修身養心」である。

おさむるとは身を修むること
・おこないを正すこと
・心をやしなうこと

なぜ、修養が大切なのか?それは:

・みずからの志をなしとげられるように
・元気を無駄にしないように
逆境ぎゃっきょうにあってもくじけないように
順境じゅんきょうにあっておごらないように
・継続は力なりと心得られるように
・先人にならい、生活の工夫と地道な努力ができるように
・すなおに、清らかに、人生を歩めるように

では、修養とは、具体的に何をすることでしょうか?

一生懸命努力するイメージが先に湧いてしまうかもしれませんが、実は「無理してがんばる」ことではないのです。

『修養』では、「発心ほっしん」ということばが使われています。発心とは、きっかけを起こすことです。

それは、「毎日、思い出すことだ」というのです。何を思い出すのかというと、このような行為です。

「せめて五分間でもよい、その間だけは、世の中を去り、喧騒けんそうから離れて、静かに沈黙することである。僕はこれを家庭で行い、子供にこの習慣をつけさせるのがよいと思う。長い時これをやらせることはよくあるまいから、二分間ぐらいでよかろう。」

さらに具体的なプラクティスの仕方を説いています。

・形式的ながらも、時間を定めるがよい
・次に黙思もくしする場所を 定めておくがよい
黙思もくしさえすればよい、寝転んでいても構わぬと思うものもあるが、必ず姿勢を正しくすること
黙思もくししておる間に、もしある思想が起こったならば、それはただちに振り出してしまう。心をむなしゅうして受け身にすること

修養のエッセンスは、1日5分でよいから、姿勢を正してすわり、心を空っぽにするプラクティスなのです。
何かを考えることではなく、何も考えずに、心を落ち着けること。それが毎日続くようにすることです。


Sit calmly and relax.
静かにすわり、身体の力をぬいて。

Let it go.
心を空っぽにする。


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出典:新渡戸稲造 『修養』