
The hand is the visible part of the brain.(手は外に出た脳)
イマニュエル・カントのことば。
手は脳の〈見える化〉されたもの。
脳の一部。
というよりも、脳の入り口であり、出口です。
手の動きで脳を育てています。
頭の中に何かあることを、取り出して書く。
ふつうは、そう思いますよね。
でも、事情はさかさまです。
書こうとするから、脳に浮かび上がる。
手を動かすから、思いが形を取りはじめる。
指先が紙にふれ、ペン先が紙を削る。
その接触によって、まだことばになっていなかったものが、ことばになっていく。

Your hand keeps your time.(手が時間を書き残す)
私は15年余り、モレスキンノートに書きつけてきました。
1日4ページ、約4,000字。
2,000万字余り、書いたことになります。
ひと文字を書くのに、いくつもの線で書く。
ひらがなも、漢字も、数字も、記号も、すべて手の動きです。
平均して1字4〜5画とすれば、紙に刻んだ線は8,000万から1億本。
単に「たくさん書いた」のではありません。
書き続けてみて、わかったことがあります。
日記に残っているのは、出来事だけではありません。
そこには、書いていた時のじぶんが現れています。
毎日、じぶんの手で、時間を線分に刻んでいる。
接触回数が、手の時計になっているのです。
キーボードの文字は、いつも同じ顔をしていますが、
でも、手書きの文字は、みな微妙に違う表情を持っています。
その時々で、ふるまいも違います。
文字の大きさが、微妙に大きくなったり小さくなったりする。
前後の文字に同調して、ふうっと姿を変える。
踊っている字。
坐っている字。
楽しげな字。
渋くおとなしい字。
手書きの文字は、その時のじぶんの時間を宿しています。
というより、ふるまう文字の連なり、流れ、集まりに、じぶんが現れている。
ノート1ページ30行になる時もあれば、33行になる時もある。
流れで、字がわずかに小さくなるだけで、行数が増える。
でも平均すると、白紙1枚におよそ1,000の文字。
日記は、記憶の倉庫ではありません。
じぶんの時間を残すしかけです。
そして、じぶんのふるまいを写す鏡。
その鏡は、タイムマシンでもある。
何を書くのか、日記の効用は内容にあると思いがちです。
でも、それ以前に、また、おそらくそれ以上に、書くことそのものに、効用が生まれます。
外に出た脳、手と指のふるまいで、時間を残し、じぶん自身を残してくれます。
Write time by hand.(手が時間を書く)
作(文・挿絵・声に出すことば):坂口立考
出典・参照:以下のエンパレットノートなど
