We are all one.(私たちはひとつ。共に生きている)
新年、おめでとうございます。
毎日ひとつ、お届けするエンパレットも配信3年目になります。
2022年も「プラクティス」を深める年にしたいですね。
昨年、エンパレット「We are all one」で、ウブントゥということばを紹介しました。
「おたがいさま」「共に生きている」という意味をもったことばです。
数日前、南アフリカのデズモンド・ツツ大司教がお亡くなりになりました。(*注1)
ツツさんは、生前このことばをくりかえし、説きました。
We are all connected.(わたしたちはみな、つながっている)
「つながり」ということば。どんな想像をしますか?
人の絆、出会い、ご縁。
家族の愛情、仲間の友情。
ものごとに寄せる思い、こだわり。
自然、植物や動物への愛着。
じぶんが関心を寄せ、結びつきを感じるすべてがつながりです。
想像も、記憶も、いまのじぶんとのつながりを思い出すことです。
つながりは、目に見えません。
つながりは、感じとるものです。
ふだんの私たちはどうでしょうか?
「世界や宇宙のすべてが、じぶんとつながっている」というふうに、いつも考えているわけではないですね。
じぶんのことで毎日は忙しく、精一杯だからです。
でも、こんなふうに考えてみてはどうでしょう。
みな、つながっているのだけれど、じぶんにはまだそれが感じられていないだけ。
ツツさんてだれ?
「知らない人」のことをつなげようとしても、あまりピンと来ません。
でも、ツツさんのことを知らなくても、ほんの一瞬でも、ことばに耳を傾けるだけで、すでにつながりができています。
ひとつ、ことばを聞くことは、じぶんとのつながりをつくることだからです。
実は、ことば(人間の言語)とは、じぶんとのつながりをつくることです。
ふだん私たちが話すことばは、文字や単語がつながってできていますね。
それだけではありません。
まず、身体から息をはき出してつくる、音声のつながりがあります。
発話のやりとりで、音声が意味やイメージとつながります。
ことばは、身体を使って出し入れする音が、記憶や想像とつながる現象です。
つながりとは、そのようにして、人びとの心がふれあうことです。
私たちは、何かをムリにつなげようとしなくても、実はすでに、世界とのつながりを生きています。
生きることは、つながりに気づくことです。
出典・参照:以下のエンパレット、および『英プラへの誘い』(近日公開予定)
仏道で説く「
(*注1)デズモンド・ムピロ・ツツ