Empathemian「アルマデン水銀鉱山遺跡・国定公園を訪ねて」
ブナのアーチ空間      

乾き切った、薄黄土色の土地。夏の日差しを反射して、眩しい。
山路の入り口際の広い駐車場には何台か車がとまっているが、あたりに人影はない。

妻が私に語りかけた声が、静けさの中に吸収されたかと思うと、今度は、地面を擦る自分の足跡が聴こえてくる。
ゆるやかな山路を登り始めて間もなく、路 の両側を守るブナのアーチ空間へ引きこまれた。

泰然とした太い幹。角張った直線からしなやかな曲線に変わる。まるで胴体が肩、腕先に注ぎ込まれ、さらに繊細な指先へと流れ込んでいくかのようだ。

木漏れ日がラクダ色の地に、焦げ茶の縞模様を映し出している。地面が和らいでいる。

ブナの葉がつくる木漏れ日

風は樹々の軽やかな舞踏となり、無数の葉がいっせいに、思い思いの躍動を表現している。空気も和らいでいる。

気温は30°C近いが、森の乾いたそよ風に包まれている感覚が心地よい。 静かに息を吸い込むと、どこか薬草のような独特の香りがほんのり漂ってくる。

頭上を見上げると葉に覆われた天井の隙間から蒼い空が見える。
再び少しずつ目線を下げると、太い枝ぶりは影絵のように黒々として輪郭がくっき りと浮き出ている。

目が慣れると、葉の色は同じ緑色でも深さの違いや微妙な彩が重なっていることに気づく。
すぐ近くに目を遷すと、三枚葉の小さな 植物の深紅が目の中が飛び込んできた。

緑と赤の強烈な色彩のコントラスト! ポイズンオーク(カリフォルニア蔦漆)だ。
うっかり素肌で触れると、 ひどいかぶれを引き起こすことで知られる。(*注1)

カリフォルニア·バックアイ(栃の木)

通り過ごして、同じ目線を維持して歩いてゆくと、今度はカリフォルニア特有の「栃の木」があちこちに 現れる。
バックアイ(雄鹿の目玉)と呼ばれるつるりとした実を包んだ、若い梅のような球が枝の先にくっついている。

茶褐色のシワシワ和紙が、す っかり乾燥してカリカリになったかのような葉っぱが木にくっついたまま息を潜めている感じだ。あたかも枯れたような姿ながら、暑い夏を乗り切る ためにエネルギー消費を最小限に抑えて身を守る「休眠」の姿勢を取っているのだ。

植物の自然なふるまいによる不思議な光景もさることながら、深緑に赤く際立つ対照美に、「あをによし」という色彩情緒のことばが脳裏に浮かんできた。

休眠中の葉

いま、アルマデン水銀鉱山遺跡自然公園にいる。この夏、3度目の探訪である。
国定の歴史文化遺産地域全体がそのまま、生態系の保護を目的とし た自然公園·ハイキングトレイルになっている。サンノゼ(San Jose) 市のすぐ南、自宅から車で30分足らずの所にある。

太平洋と内陸を隔ててシリコンバレー の谷側地帯を形成するサンタクルス(Santa Cruz) 山脈は、一番高い地点で標高1000メートルあまりの起伏·丘陵地帯が100キロほど連なっている。

丁度、正方形の対角 線の角度で北から南に、西から東にむかって斜めに伸びた尾根。その付け根あたりの北麓に、廃鉱遺跡となったアルマデン(Almaden Quicksilver County Park) がある。(*注2)

左手を差し出して 地形に見たててみると直感的にわかるかもしれない。親指の先から付け根までがサンタクルス山脈とすると、内側にゆるやかな麓地帯ができる。手のひらがシリコンバレー、手首に近い、手相でいう「生命線」の終わりあたりに、アルマデンがあるという位置関係だ。面積17平方kmの鉱山の村。

アルマデン水銀鉱山とシリコンバレー地図

カリフォルニアに移住して7年あまり、週末には山野辺の路を歩いてきた。振り返ると500回あまり、このサンタクルス山麓丘陵地帯のどこかを散策してきたことになる。(*注3)

ところが、アルマデンにはこの夏まで訪れたことがなかった。いつでも来られるはずなのに、先延ばしにしてきた理由は何だろう。

ふだんのトレイルは、標高200-300メートルほどの丘陵だが、ここは500メートルぐらいの小高い山へのぼる起伏あり、たっぷりと歩き甲斐がある。一度では堪能しきれない。

しかしそれ以上に、あるたのしみをまとめて「とっておいた」という気がする。カリフォルニアの歴史、そこに映る文明の象徴、人間の営みの証がここに凝縮している。

自然な誘いを待って、知的好奇心と想像探訪の、ほどよい時が訪れるのを待っていたのだと思う。端的に表現すると、ここは、丹(に)の生まれるところ。丹生(にう)に関わるあらゆるイマジネーションを精錬し、ひとつの自覚に仕上げたかったのだ。


共感の精錬 (2) 朱・水銀の歴史と文明 へつづく

共感の精錬 目次ページ へもどる


(*注1)身をもった体験は心を養う
(*注2)Almaden Quicksilver County Park
(*注3)本エッセイ『共感の精錬』執筆時、2018年7月