Empathemian, Canada del Oro Open Space Preserve

No one lives alone.(だれもひとりでは生きていない)

のびた:ねぇ、ドラえもん。草だけ食べているのに、何であんなに大きくなるの?
ドラえもん:あぁ、牛とか馬とか象とか、草食動物のこと?
の:そうそう。
ド:森の木々だって光と水であんなに高くなるよ。
の:植物は別としてさ、肉とか豆とか食べないのに。
ド:たんぱく質をとらないのに、どうやって身体が大きいのかってことね?
の:不思議だよね。
ド:前にさ、腸に住んでいる微生物の話したよね。(*注1)
の:えーと、人間の細胞の数より腸にいる微生物の方が多い、って話でしょ。
ド:そう。動物の身体の中は共存する生き物の世界。共に助け合って生きている。
の:草を食べる動物のお腹の中にも微生物がいるの?
ド:セルロースを分解できるバクテリアがいるんだよ。
の:セルロース?バクテリア?
ド:セルロースは繊維質。バクテリアは微生物のこと。
の:微生物が代わりに食べてくれるってわけ?
ド:分解して栄養にしてくれる。
の:へぇー。他人のために食べてる、ってびっくりだよね。
ド:他人じゃなくて、共に食べているんだよ。
の:共食いみたいに聞こえるけど。
ド:共に生きているってこと。
の:あーそうか。お互いに助け合ってるんだね。

Change the way you look at yourself. Then the world will change.(じぶん自身を見る目が変われば世界は変わる)

ド:肉食にせよ草食にせよ、助け合う小さな友達がいる。
の:そういう意味では、動物はおんなじなのか。
ド:住んでいる微生物の種類がちがうだけ。
の:じぶんひとりで生きているんじゃないんだなぁ。
ド:微生物の方からしたら、動物の身体も環境。ぼくたちが地球に住んでいるのと同じようにね。
の:そう思うと、ちょっと親しみが湧くよ。
ド:じぶんとつながりができるよね。
の:つながり?
ド:そう。関心がわくようになる。
の:ヤギの気持ちまではわからないけど。
ド:他人ごとじゃないっていうかんじ。
の:ドラえもんは何でもを知ってるね。
ド:そんなことないよ。本に書いてある知識。
の:でも、すぐにそういう話がでてくるじゃない。
ド:じぶんと関係あるって思うとさ、それが「つながり」になる。
の:じぶんとのつながりができると?
ド:本の知識じゃなくて、じぶんの心の一部になるってこと。
の:ふーん。じゃ、本には書いてないんだね。
ド:じぶんの目で、ていうか、心の目で見る。
の:心の目かぁ。むずかしいなぁ。
ド:そんなことないよ。いま、目の前にヤギを見て話していたじゃないか。
の:それでいいの?
ド:どんなことでも見え方が変わると、じぶんも変化するよ。
の:賢くなるってこと?
ド:ていうかさ、もともとはつながっていたのに、気づいてなかった、いうこと。
の:ああ、そのことに気がつけるってことか。

Feel connected. Things look differently.(つながりを感じる時、ものごとはちがって見える)

私たちのものの見方は、大きく分けると3つあります。

① バラバラにひとつずつ、見る。
② 全体をひとつ、見る
③ つながりを見る

ふだん、私たちは圧倒的に、①に偏っています。
ヤギが草を食べている光景を見ても、何も思いません。

みな地球に暮らす生き物じゃないか。
そんな想像をする時が②。

つながりは、目に見えません。
共感の心で感じる時、③。
心の目で見ることです。(*注2)

出典・参照:岡野守也『唯識』、以下のエンパレットなど

(*注1)腸のじぶんに、共感。

(*注2)①②③は、「唯識」にあります。唯識は、仏教哲学・心理学で、「心を通して世界とつながっている、という自覚を説きます。バラバラのものをつないでみるのではなく、ひとつからつながりを見るプラクティスです。もともと「ひとつ、すべてはつながっている」(縁起えんぎ)が原点であり、起点だと思えるようになると、世界が違って感じられるようなります。実は、むずかしい話ではなく、日常の光景の中に、いくらでもあるのです。

共業(ぐうごう)[すべてのいのちは共に生きている]

実は、オウンゴール?

共に痛む

草食動物 Herbivore